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大人って凄い

 まずい、今日はとてもムラムラする。  昼ごはんの後の最初の講義、うとうとしているところではっとした。今夜は楓さんが泊まりに来るのだ。今日は朝から何度も思い出しては心を弾ませている。楓さんと会えるのは週末で、俺の方が時間の融通が利くので楓さんの家にお邪魔することがほとんどだ。平日にどうしても会いたい時なんかも楓さんの部屋で待たせてもらって朝帰り、ということもたまにある。俺はラブラブっぽくて好きだけど楓さんはあんまりいい顔をしない。  大体お泊りが多いけど毎回そういうことがあるかというとそうでもない。日頃体力作りを欠かさない楓さんでも頭で使うエネルギーが膨大なせいか、週末は日付を超える前に電池が切れてしまうことが多い。体力が尽きるまで傍に居てくれる楓さんが有難くて俺はいつも安らかな寝顔を写真に収めてすべすべな頬にキスをするに留める。見た目より重たい身体をベッドに引っ張ってぴったりくっついて寝るだけで贅沢だ。  とは言え、楓さんがどれだけ元気でも時間があっても押し倒されたことは一度も無い。いつも俺が我慢できなくなって楓さんに頭を撫でられながら抱かれている。優しくて穏やかで、くすぐったいくらい丁寧に触れられる強引なんて概念の存在しないセックスだ。  無論今日のお泊りだってチャンスがあればものにする気満々だ。それが証拠に、夢うつつに楓さんを思い出し、羽根で撫ぜるような優しい感覚が肌に蘇り俺の身体は非常に切ないことになっている。思い返せば最後にエッチをしたのは三週間も前だ。今日はいつも以上に我慢ができない予感がする。  いよいよ講義が終わって安アパートに直帰した。そのままさっさとカレーを煮込み、部屋の掃除の仕上げに取り掛かる。夕方にもならないので楓さんが来るのはまだまだ先だ。カレーなんて楓さんが作った方がずっと美味しいけれど一分でも長く楓さんといちゃいちゃする時間を作りたかった。一緒にごはんの相談をして買い物に行って仲良くキッチンに立つのも好きだけど、その時間もすべていちゃいちゃに当てたくて俺は必死だった。エッチをしたのは三週間前が最後だけど、その後も何度も会っているのだ。楓さんが忙しい中時間を割いてくれて一緒にご飯を食べたり、添い寝をしたり、おしゃべりしたり、キスをしたりと可愛がってはくれている。それでもエッチなお触りは一度もなかった。 「あ~まだ六時かよお……」  今日は何が何でもエッチがしたい。全然進まない時計を睨みつけて、早くも期待に頭をもたげる中心を鎮めるために集中した。今日ここに触れるのは俺であっても許されない、触れていいのは楓さんだけだ……!  十九時半を過ぎた頃、ようやくスマホに大好きな人の名前が現れた。 『仕事終わりました。今から向かいます。』  実況中継のような俺の連投メッセージの後にたったそれだけのメッセージが送られてきた。それは朝のやり取りから半日ぶりのメッセージだった。画面を見つめて自分が笑顔になっていることに気付く。今すぐ電話を掛けたいけれどそこは我慢して『お疲れ様! 気を付けて来てね』と返事をした。本当は『早く会いたい♡エッチしたい♡』が本音だがさすがに身も蓋もないのでじっと堪える。  インターホンは祝福のベルのようだった。コートの上でも見せない俊敏さで玄関に向かい、世界記録に挑むスピードで鍵を開ける。  ドアを開けて迎えた楓さんは安アパートの廊下でも眩しく輝いて見えた。うわあ、スーツ格好良過ぎるよぉ……! 「うわあ、スーツ格好良過ぎるよぉ……!」 「そ、そう? ありがとう……」  グレイのスーツにストライプ柄のワイシャツ、ネクタイはネイビーといつも通りシンプルなのに、広めの肩幅と細い腰のバランスや細く長い脚が完璧だ。飾っておきたい。これが俺の彼氏なんて贅沢過ぎる。 「楓さん今日も格好いいね……」  本当は招き入れると同時にハグして離れないつもりでイメトレをしていたのにいざ本物が現れると有難過ぎて手すら触れられない。つくづく侮れない美人彼氏だ。 「ふふ、光くんはなんだかご機嫌だね」  なんだかも何もない。楓さんがうちに泊まりくるのだからなんだかご機嫌も何もないのだ。思い切りそう告げようとするも、優雅な身のこなしで靴を脱ぎ揃えて立ち上がった楓さんから香水がふわんと漂いもうどうでもよくなった。匂いも好き。 「カレーの匂いだ」 「え?」  楓さんの香水にメロメロになっていたためカレーの香水? と混乱したけれど、確かに部屋の中には丹精込めたカレーの香りが楓さんを待ち構えている。一生懸命作ったカレーの香りを差し置いて彼氏の香水に翻弄されてしまった。やっぱり侮れないセクシー彼氏だ。 「お腹空いた、食べるの楽しみにしてたんだ」 「本当? 俺も早く食べてほしい!」  俺にはもう優しい清楚笑顔がエッチにしか見えないよ!  楓さんは部屋に入る前にさっさとジャケットを脱いでしまった。だけど楓さんの大切な服は俺にとっても大切なのですぐにハンガーを差し出した。本当はもう少しセットアップ姿を堪能したかったけれど仕方がない。ジャケットを脱いだ後はお待ちかねのネクタイオフの瞬間が見られるのだ。俺は穴を開けるほどの気合で刮目した。 「ええと、どうしたの?」  俺の熱視線は気合のあまり警戒されてしまった。楓さんは首元に掛けた指をそのままに、いつまでも傍に寄って離れない俺を不審がっている。 「あ、部屋着貸すね!」  俺はクローゼットを開けて大きめのプルオーバーを探した。楓さんは部屋着も楓さんらしい綺麗な格好をする。大体Tシャツにカーディガンという期待を裏切らないルームウェアで過ごしているのだ。それも優等生らしくて素敵だが、たまにはだぼだぼカジュアルな楓さんも見てみたい! 「ちゃんと持ってきたから大丈夫だよありがとう」 「あー! ネクタイ外してるしー!」  振り返ると楓さんはもうワイシャツのボタンを外し始めていた。インナー姿はちょっとダサくて少しときめいた。  ご飯の準備をしてローテーブルにカレーを置く。楓さんの家では小さい葉っぱみたいな木が飾られたダイニングテーブルで栄養バランスの取れた美味しいご飯を食べさせてもらえる。ライトも暖かいオレンジ色のダウンライトで、そこで食後にコーヒーを飲む楓さんはいつも素敵でうっとり見つめるのも楽しい。そんな丁寧な暮らし男が今日は煌々と輝くLEDライトの下、庶民丸出しの学生アパートの床に座ってニコニコしてカレーを食べているのだ。 「はあぁめちゃくちゃ可愛いね……」 「? 美味しいね、ありがとう」  俺は楓さんが小さい口を一生懸命大きく開いてご飯を食べる姿を見るのが趣味なのでゆっくり堪能しようと思ったのに瞬きをしている間に彼の皿は空になっていた。よほどお腹空いていたのかと思うが俺は楓さんが欠伸を噛み殺したのを見逃さなかった。潤んだ瞳と濡れた睫毛が色っぽい。 「楓さん疲れてる?」  楓さんは元来食事はゆっくり食べるタイプらしいが職業柄早食いはマストらしい。なので仕事のモードが抜けない時はびっくりするほど食べるのが早い。一体スプーンにどれ程のカレーを盛っていたのか、澄ました顔をしてどれほど大きな口を開けて食べていたのか。ああじっくり見たかった。 「頑張って早く上がったんだけど、勢いでご飯も早く食べちゃった。楽しみにしてたのにもったいないことしたな」  あまりの嬉しさを言葉で表すのを諦めた。代わりに思い切り床に大の字になって寝そべった。 「ええ!? どうしたの、大丈夫!?」  ご飯の後の皿洗いはいつも面倒だけど今日は楓さんと一緒にできたから楽しかった。 「楓さん、一緒にお風呂入りたい!」  皿洗いが終わった後、俺は本格的に動き出した。さっきあくびをしていた楓さんはもしかするとお風呂に入った後はすやすや眠ってしまうかもしれない。俺は楓さんの寝顔に勝てたことがないので一度眠られてしまっては為す術がないのだ。だからワンチャンあるなら最悪お風呂でエッチも止むを得ない。むしろ興味があると言ってもいい。ちなみに寝顔に勝てたことはないが起きている顔にも勝てたことはない。正面からホールドして見上げた顔も綺麗で下半身がほんのり膨らむのを感じた。 「一緒に入るの?」 「今日は一緒がいい」  至近距離で見つめ返されて堪らず首筋で顔を隠す。すると出処不明のあのいい匂いが少し濃く香ったのでちょっと腰を引いた。  楓さんはすごく優しいので大体俺の言うことを聞いてくれる。多分寝落ちしてもエッチしたいと言って無理に起こせば付き合ってくれてしまう。だから俺はあえてここぞという時にしかおねだりはしないと決めているのだ。今がその時だ。 「やだ?」  顔を上げて白いほっぺたにキスをする。自分の耳がぶわあっと熱くなるのを感じた。 「もちろん嫌じゃないよ」  それはたじたじな返事だった。くっついた胸から楓さんの鼓動が伝わる。ああ、めっちゃ好き。  一緒にお風呂に入るのは初めてだった。明るくて狭い密室に産まれたままの姿でふたりきりなんて! 自分から言い出しておいてなんだか、物凄く恥ずかしい。  それなりのサイズの男ふたりで洗面所で服を脱ぐ。何度も楓さんに身体を見られているし、こちらも楓さんの身体を見ているけどいつもと違う環境はより胸を高鳴らせた。楓さんは痩身だけれどしっかりした骨格は男らしい。張りのある白い肌が一切の無駄な肉のない身体を覆っていてやっぱり美しいという感想に行き着く。 「めっちゃ狭!」  ふたりで浴室に入ると案の定笑えるほど狭かった。楓さんが笑いながら出て行こうとするのですぐに手を取り引き留めた。 「狭くても一緒が良い」  楓さんは俺の顔を見た後に完全に期待したそこに視線を落としてぎくりとした。 「見ないでよー」 「わあ!」  ひとりでぎちぎちに張り詰めているのが悔しくて楓さんのそこも指でつつく。いつもより少し膨らんでいるのは嬉しかった。  楓さんは俺をバスチェアに座らせて後ろから髪を洗ってくれた。長い指で丁寧に頭皮を擦り髪を揉み込む。適度な刺激がマッサージのようで心地よくすぐに虜になってしまった。それに楓さんの手付きは自分の手とは違う、美容室とも違う、大切にされている感覚が伝わってくる。シャンプーだけでこんなに幸せな気持ちになれるならもっと早く一緒にお風呂に入るのだったなと後悔した。  トリートメントまでしてもらった後は場所を交代して俺が楓さんの髪を洗った。俺のブリーチで傷めつけた髪とは違い、一度もカラーすらしたことのない髪は驚く程に手触りが良い。両手で挟み込んだ頭は形が良く、その形からもここに収まる物は優れていることが表されているように思える。  楓さんの髪を洗い終えた後はそのままボディーソープを泡立てた。スポンジでもこもこにした泡を広い背に滑らせて傷付けないように擦る。 「もっと強くても大丈夫だよ」  ただ撫でるような力加減に楓さんが声を掛けた。白い背中もよく引き締まっていてはっきりと肩甲骨が浮き上がっている。絶妙な筋肉の付き方は本当に綺麗だ。 「ん、くすぐったい、」  両手に盛った泡を背中に滑らせそのまま後ろから抱きしめた。ぬる、と滑り、ツンと尖った乳首の先が背中に擦れて疼く。 「わ、ひかるくん、急にどうしたの」  泡だらけの手で楓さんの胸を撫でる。ほんのち盛り上がった胸筋の肉感が色っぽい。その上に付いたしこりを擦るとみるみる指を押し返す。俺はその感覚に満足して胸から腹に手を滑らせて大好きなそこを包んだ。 「おっきくなった、嬉しい」 「光くんにくっつかれたらこうなるよ……」 「嬉しい、楓さん大好き」  いつも俺が求めてばかりだけど俺が誘って断られたことは一度もない。掌に収めた楓さんの陰茎は擦ると擦った分だけ質量を増し、俺は嬉しくなってそこを刺激する手を速めた。反対の腕は楓さんの身体を抱え込み、俺は膝立ちになって楓さんの背中に勃起をゴリゴリと擦り付け夢中になって腰を振った。泡で良く滑り、張り出した背骨がカリに引っ掛かってたまらない。 「もう、そんなところに擦り付けて……」 「あっ、あぁ……」  背中の違和感の原因に気付いた楓さんは俺を振り返り、右手の悪戯も一人遊びも没収してしまった。俺は寂しくなって手を伸ばすと楓さんを優しく手を取ってくれた。真っ赤に膨れた勃起の先端は、ソープの泡と混ざった粘液が糸を引いている。楓さんはちょっと呆れた顔でそれを見て唇に軽く吸い付くだけのキスをしてくれた。 「膝痛いでしょ? こっちに座ってね」  そう言って楓さんはまた俺をバスチェアに座らせた。何が待っているか予感した身体は腰を突き出すような変な姿勢になってしまう。  楓さんは俺が放り出したスポンジを手に取り改めて俺の身体を洗ってくれた。首から腕まで優しく洗われてたまらない。思わず空いた手をそこに向かわせると穏やかに窘められる。脇の下も胸を背中も綺麗に洗われて身体がくたくたになっていく。 「楓さん意地悪いやだぁ」 「えぇ? 意地悪じゃないよ、ちゃんと洗ってあげるからもう少し待ってね」 「はやく、はやく」  わざと焦らしているのか本当にただ身体を洗われているのかもはや俺には判断ができない。ただただ楓さんを求める身体が切なくてその首にしがみつく。それでも楓さんはおねだりを脇に避けて俺の身体を丁寧に洗った。 「光くんは可愛いね」  楓さんはスポンジから手を離し、腰からお尻に掛けて大きな手を滑らせた。待ちわびた喜びに身震いし、浴室内に発情しきった吐息が響く。 「アッ!」 「中は洗った?」  しばらくお尻をいやらしく撫でられたかと思うと今度は腹から股に掛けて手を滑り込まれた。はち切れそうなそこがぬるんと滑り、とっくに準備の整っているそこが卑しく疼いた。 「洗ったよ、もう、挿れられるよ、ね、いいよ?」  差し込まれた楓さんの腕をぐっと握り込み好きなだけ勃起を擦り付ける。骨ばって血管の浮き出た腕がどんどん俺を気持ちよくしてくれる。 「ほら変なところに擦り付けないの」  また楓さんは気持ち良い身体を俺から奪い、俺を抱き寄せた。ぬるぬるの身体同士が滑り、俺は楓さんに後ろから抱え込まれる形で床に座った。背中に長い勃起を感じて興奮する。 「痛いところはない?」 「うん、ないよ。全部気持ちいいもん」  楓さんはまたちょっと呆れ顔で笑い、俺の太腿を自分の膝に掛けた。  あ、と思うと同時に大きく脚が開かれ、楓さんの左手が涎を垂らすそこへ、右手が切なく開閉するそこに伸ばされた。 「はあぁあ……」  限界まで湿度の高まった密室にくちゅくちゅと卑猥な音が木霊する。なんの抵抗もなくソープで滑る指が身体の中に潜り込み、これ以上なく敏感になった陰茎は一番気持ち良い圧力で擦られる。まだ湯船に浸かる前なのに、溺れて、のぼせてしまいそうだ。 「ちゃんと柔らかくなってる」 「ね、いれて、かえでさんおねがい」  惜しみなく与えられる快感に置き所が定まらない。身体を動かす度に楓さんの肌の上を滑り、気持ち良いポイントがずれてしまう。それならいっそのこと俺を押さえ付けて硬くなった物を入れてほしい。楓さんも早く俺で気持ち良くなってほしい。 「光くん今日ずっと我慢してたの?」 「うん、うん、してた、ずっと楓さんに触ってほしかった」  今日どころではない。最後に触ってもらってからずっとだ。会う度に、会って触れてもらえない度にずっと我慢していた。 「そっか、ごめんね」  楓さんの切実な声に胸が締め付けられた。こんなに忙しいのに時間を作ってくれているとわかっていた。体力が尽きても俺と居ることを選んでくれているとわかっていた。だから我慢できていた。大切にされていると思うから俺も楓さんを大切にしたいと思っていた。 「ちがう、楓さん、大丈夫だよ俺、大丈夫、ッぁあ!」  楓さんはこの上なく良くしてくれている。力不足だなんて思ってほしくない。それを伝えたいのにぐに、と弱いところを抉られた。 「そこ、あっ、だめぇ、」  それから責めの手は徐々に苛烈になっていく。中を一本指で撫でていたものが複数の指で掻き混ぜられぐぷぐぷと容赦なく追い込まれる。硬くなったペニスも滑りやすいのを良いことにぎゅっと握られ激しく扱き抜かれた。しかしその激しい責め方はどちらも俺の具合に合わせて高められ、過不足なく性感が極められていく。 「きもち、きもちいい、かえでさん、いく、いく、もういれてよぉ!」 「ダメだよ、ちゃんとしないとダメ」  こんなに甘やかしてくれる楓さんをどれほど誘惑しようとも絶対に生で挿入されることはない。今すぐ楓さんに満たしてほしいのに、背中に当たる強烈な勃起には我慢を強いるのだ。 「ほんとに、イッちゃう、ぅ、ぁああっ!」  強張った身体がガクガクと震え、床に踏ん張った足は見事に泡で滑った。みっともなく全身で絶頂するも、楓さんは優しく受け止めて抱きしめてくれた。  シャワーで泡を流した後は湯船に貯めたお湯を無視してさっさと浴室から飛び出した。早くベッドに入りたいのに楓さんは髪を乾かすまで身体に触れることを許してくれず、またされるがままにドライヤーの熱風を浴びられた。 「さっきの凄く気持ち良かった、また一緒に入ろうね」  裸のままの楓さんをベッドに押し込み覆い被さる。セクシーな小さな唇に吸い付きながら勃起同士を擦り付ける。とっくに楓さんに骨抜きにされているのにまたトロトロに甘やかされてしまい、俺はこれから先シャワーを浴びる度にムラムラしてしまいそうで困ってしまう。 「光くんの家でするの初めてだね」  綺麗なペニスを口に含んでいると髪をふわふわと撫でられた。確かに楓さんの部屋でしかしたことがなかった。 「ゴムもローションも用意したから大丈夫だよ!」  手で扱き、舌で舐めながら自信満々に答える。やっぱりやめようなんて言われては困るのだ。何が何でも今日はしたい! 「ええ? ありがとう、でもそういうのは僕が準備するから大丈夫だよ」  そう言いながら楓さんは俺の頬に触れる。最近分かったけれどこれはペニスを咥えてほしい時にする仕草だ。楓さんになら頭を押さえられたって興奮するのに本当にこの人は優しすぎる。 「ンッ、あ、っふ」  長い陰茎は欲張ると喉の奥まで入って来てすごく苦しい。それでも楓さんの堪えきれずに漏れる吐息は何物にも代えがたい風情があるからやめられない。ごくごくと嚥下するように喉を動かすとたまにちょっと高い声が漏れて、それが非常に俺の心を満たす。 「ック、ゥ、」  あぁ、この鼻から抜ける声だ。この時ばかりは物凄く可愛い。あとは本当に優しさと色香の化身なのでこの可愛げはとても貴重なのだ。 「も、いいよ、ありがとう」  優しくも凶暴な性器が喉奥からずるずると抜き取られるとおよそ大丈夫とは言い難い呼吸音が喉から漏れる。初めの頃はこれを聞いた楓さんは真っ青になっていちゃいちゃどころではなくなってしまったが、最近はこれが俺の精一杯の愛の証だとわかってくれたようで、カウパーやら何やらで汚れた唇に遠慮なくキスをしてくれる。 「気持ち良かった」  そうしてもらうと酸欠でぼーっとした頭が楓さんへの愛でいっぱいになる。  改めて楓さんに受け入れる口を確かめられ、過剰なまでにローションを流し込まれる。ベッドには何枚もタオルを敷いて俺がどれだけ粗相をしてもいいように準備された。  腰だけを高く持ち上げられてもそこに羞恥を感じる余裕はもはやない。興奮に内腿が震え、期待が高まる後孔が甘やかされるのを待っている。 「光くん、本当は何も我慢しないでほしいんだけど」  大きな手が腰に添えられ、ドロドロのそこには程よい圧迫感が与えられた。いよいよというその時に楓さんが告げる。 「ここって壁薄いよね?」 「あ……」 「さっきから隣の部屋のテレビの音かな? 聞こえてて……」  そう、ここは楓さんの住むような防音ばっちりの良いマンションとは全然違う、ある意味極薄の壁で有名な学生向けのアパートだ。テンションの極まった俺が大好きな楓さんのペニスで愛されたのならどんなあられもない声を出すか知れたものではない。優しくて真面目で光くんファーストな楓さんならやっぱりやめようと言い出しかねない。 「声、我慢するからやめないでぇ……」  あまりにも切なくて涙が出そうだ。宛がわれた先端を飲み込むように腰を押し付けた。 「ッ……、うん、じゃあ、ゆっくりするから、頑張ってね」  ぐぐ、とそこが目いっぱいに押し開かれる感覚に背中が震えた。欲しくて欲しくて堪らなかった感覚だ。たくさん慣らしてもらってけどやっぱり本物の圧には敵わない。狭い狭いと言わんばかりに楓さんの膨れ上がった塊が俺の中に形を覚えさせるように押し進んでくる。微かな苦痛を凌ぐ快感に早くも絶頂の気配が迫る。 「あぁ、はいってる、あ、ぅうん、うれし、」 「久しぶりだね、痛くない?」 「平気、いっぱいして、いっぱい、」 「あ、ダメダメ」  早く奥まで味わいたくて自ら腰を振ると心配性の楓さんに押さえ付けられた。自分だってあんなにカチカチにしている癖にどうして止められるんだろう。これが大人の余裕なのだろうか。 「ちゃんとゆっくりしよう、ね?」 「ぅう、気持ちいいのにぃ、」  後ろからぎゅうっと抱え込まれて動きを封じられる。まだ挿入しきらないそこがまたじりじりと侵入し、あまりのもどかしさに足の指を丸めて耐えた。 「入った」 「ふぁあンッ」  すべて収まる頃には俺は完全に伏せた状態でのし掛かられ、首筋に吸い付かれただけで頭のてっぺんから足先まで震えるくらいに感じてしまった。 「かえでさん、うごいて、変になりそう」 「まだ入れたばっかりだからもう少し慣らそう? 痛くなっちゃうよ」 「ううん、大丈夫、平気、それより早く動いて、なんか変、きちゃう、きちゃうよぉ」  ぴったりと嵌められた大好きなペニスの形を体内に感じ、身体の上からは大好きな楓さんが身動きが取れない程密着している。身体の中も外も楓さんがいっぱいで、しかも終始俺を気遣って大切に大切に責めてくる。温かい水が少しずつ注がれて俺は今にも溺れてしまう。それがもうすぐそこまで来ている。 「あぁ、もう、だめ、だめえええぇ!」 「光くん、どうして、」 「ああっ、なんで、きもちいい、いくいくいくぅ! アッ、また、やっ、これ、なんでぇ」  楓さんを感じるだけで身体が絶頂を迎えてしまった。ぴったりとくっついてひとつも動いていないのに、スイッチが入ったみたいに何度も何度も快感の波が襲って来る。 「光くん声抑えよう、聞こえちゃうよ」 「だめ、なんか、とまんない、かえでさん、きもちいいよ」 「もう、どうしちゃったの?」  身体の痙攣に合わせてペニスの先に中を抉られ自然と快楽を追って腰もうねる。突然の激しい絶頂に楓さんが黙っているはずもなく、呆れた声で待ちわびていたペニスは没収された。 「あッ、あぁ……」  寂しくなって振り返ると楓さんは困った顔をしていた。 「静かにしなきゃ今日はできないよ?」  決して強い口調ではない。意地悪も含まれていない。それなのにその言葉は強烈な意味を持って俺の中に響いた。  言う事を聞かなければこの愛しい人の綺麗なペニスを挿入してもらえない。 「静かにするからちょうだい……」 「もう、そんな言い方するんだから」  楓さんは俺の唇を塞いで今度は向かい合って繋がった。角度が変わって抉られるのもまた違った快感が産まれて良い。  思わず声を上げそうになるがすべて楓さんに飲み込まれていった。 「んっんっ、はっ」 「そうそう、偉いね」  動きがついてくるとキスをしたまま、というわけにもいかず様子を見ながら楓さんが唇を離した。目と目と合わせて吐息を感じながら穏やかに揺すられる。接合部分が擦れるとちゅぷ、といやらしい音が鳴り静かに煽られた。 「もっと動いて、切ないよ」  楓さんは「んー」と首を傾げながら腰を掴んでトンと一気に奥まで突き入れた。 「ッあぁ!」 「あ、いけない」  目の前に星屑が散り、突き上げられた衝動で思わずたっぷりと声が出た。すると楓さんは反射的に俺の唇に指を押し付けた。  掌で口を押さえ付けるなんてことはしない。長い指を揃えた腹の部分で我慢の効かない俺の唇を咎めた。そのやり方はいかにも優しく真面目な楓さんの最大限の強引さでときめかずにはいられなかった。 「中途半端にしてごめんね、少し我慢してね」  それから楓さんは俺の唇に触れたまま何度も何度も奥まで穿ってくれた。 「うーん、おしゃぶりを買った方がいいのかなあ?」  楓さんは俺を快楽の底に沈めながら途中でそんなことを呟いた。それは独り言なのか冗談なのか、快感を噛み締めながら少しだけ笑った顔は見たこともないくらいに艶やかでぞっとした。一切の他意なく思い付いた羞恥プレイは天才の閃きに近いものを感じる。  俺は結局全然声を我慢できなかったけれど、衝動のままに楓さんの手を取って自分の口に押し当てるという不思議な行動をとっていたために大きな損害はなかったように思われる。多分。俺が満足するまで続けてくれたということは恐らくそういうことなのだろう。多分。  エッチが終わった後はいつにも増して楓さんが魅力的に見える。ひったひたに愛情を注いで俺のことをこよなく愛してくれた人として俺の目にキラキラ輝いて映るのだ。  今日は狭いシングルベッドで朝までくっついていられる。俺は楓さんの白い首筋に吸い付いて遊んだ。あー大好き、大好き。 「やっぱりおしゃぶり買おうか?」 「ん!?」  そう言って不意に楓さんの人差し指をしゃぶらされた。面白そうに笑っている顔にいやらしさはない。  俺は翻弄されっぱなしだというのに、この余裕。  大人って凄い……。

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