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第4話

 だとしても朋樹が一日千秋の思いで理人の帰りを待ちわびていたのか、少しでも想像してくれなかったのだとしたら切ない。ちらとでも真心を疑うことじたい、恋人にあるまじき下種の勘繰りだ。しかし()の地で朋樹の何倍も素敵な相手が言い寄ってきたら、いくら誠実な理人といえど魔が差すことだって……。 「ないない、浮気するなんてありえない」  笑い飛ばす一方で、ムキになってぬたを混ぜた。料理に励んでいるからといって、健気さをアピールして点数を稼ごうなんて、さもしい魂胆はない。ただ恋人と水入らずで食卓を囲むのが、 「分葱(わけぎ)の汁が目にしみただけだし……」  涙ぐむほど楽しみで仕方がないだけなのだ。  晴れ渡った日は、庭の延長のような白樺の林で野鳥がさえずり交わす。花冷えの今日はコーラス隊に代わって、薪ストーブの上でヤカンがしゅんしゅんと歌う。  メロディアスなそれが眠気を誘う。待ちくたびれてソファに丸まって微睡むうちに蝶番が軋んだ。密やかな足音が空気を揺らし、前髪が吐息にそよいだ。 「朋樹……ただいま」  囁かれて、パチッと目が覚めた。王子のキスがオーロラ姫にかけられた呪いを解いたように。  跳ね起き、勢いあまってソファから転げ落ちかけたところに腕が伸びてきた。掬いあげる要領で抱き寄せられると、さしずめ〝おかあさんカンガルーの袋にもぐり込んだ図〟だ。 「よだれを垂らして、ぐっすり眠っていたな」  ブランクなど存在しなかったように、また、からかっていることが伝わってくる口調で、理人がつづける。 「えっ、嘘? ええい、くっつけてやる」  朋樹は、デニム素材のジャケットに顔をこすりつけた。そのまま左右に揺り動かすと、髪の毛がボタンに絡まる。  ふたりの間ではの出来事で、理人が一本ずつ丁寧に解きほぐしてくれるのも、ありふれた光景だ。日常が戻ってきた。そう思うと蔦のようにしぶとく、淋しさを養分にしてはびこる不安な気持ちが薄らいでいく。  頬をつねってみる、という古典的な方法を追加すると〝理人が帰宅した〟の確信が強まった。レンズの奥の双眸がきらめき、そのくせ、 「ずーっと! おれをほったらかしにして、どこをほっつき歩いてたんだか」  天邪鬼な性分の悲しさで、つい、そっぽを向いてしまう。もっとも次の瞬間、ふたりそろって床に落っこちる勢いで理人に抱きついた。すん、と(はな)をすする。漆黒の闇に閉ざされた極夜の季節に太陽を恋うるように、この世でいっとう愛しい温もりに(かつ)えていたのだ。

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