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第5話
「おまえにしては珍しく甘えっ子モードだな。俺が留守にしているあいだ泣き虫さんだったのか」
「……べつに涙なんか一滴もこぼれないこともなかったし?」
「ふぅん、本当に一滴もか?」
「痛い、痛いってば。暴力はんたーい!」
じゃれ合いめかして拳でツムジをぐりぐりされて、喉をくすぐって返す一方で、ふと疑問が湧く。車が生活必需品という住環境だ。最寄りのバス停までだって歩いて二十分以上かかり、だいたいバスの便 じたい朝と夕方の一本ずつ。
車で迎えにきてくれ、と駅に着いた時点で電話をかけてこなかったということは、理人はタクシーを拾ったに違いない。しかし、それならそれで山荘の前でタクシーを降りるさいの、運転手とのやりとりが切れ切れにでも聞こえたはず。うたた寝している隙をつく形になったにしても、いきなり居間に現れるなんて、まさか理人はテレポーテーションをやってのけたのだろうか?
そもそもガレージに車を駐めていたっけ? 朋樹が最後に運転したのは、いつ……?
「……スクラップ」
呟きがこぼれるのにともなって車が宙を飛ぶ映像が視界いっぱいに広がった。と同時に頭の芯がきりきりと痛み、異臭が立ち込めたように嘔吐 く。
努々 、あかずの間を覗くこと勿 れ。そう、自衛本能が警告を発するように。
それでも好奇心が勝り、スクラップが意味するところを突き止めるべく神経を研ぎ澄ませる。ところが薪が爆ぜた拍子に、手がかりの断片らしきものは消え失せた。映画のラストシーンを見損ねたような、もどかしさがつのっても、
「メシを作ってくれたんだな。出汁の匂いに日本を感じて腹がぐうぐう鳴る」
理人が鼻をひくつかせるのに応えて、
「空腹は最高級のスパイス、ってね。それでは粗餐 なりと差しあげましょう」
いそいそと腰を浮かせたとたん引き戻された。よろけて、膝の上にさらい取られたはずみにカットソーがめくれる。素肌がちらつき、ジャケットが掃き下ろすにつれて萌むものがあった。反射的にもがくのを制して、唇がうなじを這う。
「メシより、おまえを食いたい」
耳たぶを食まれて、ぞくっとした。カットソーをたくしあげたい……いいや、脱ぎ捨てたい。朋樹はさっそく裾に手をかけ、それもつかのま噴き出した。もっとも甘みをたっぷり含んで、かえって劣情をそそるのだが。
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