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第6話

「ひどい、棒読み。プラス、ベタな科白」 「うるさい、おとなしく食われておけ」  と、命じて衿ぐりをずらし、首筋を甘咬みするのをやんわりと引きはがした。そして不満顔を、ちろりと睨んだ。 「湖沼地帯の風景は、さぞかし創作意欲をかき立ててくれただろうね。長旅の成果を見せてよ、スケッチブックはどこ?」 「はぐらかして性質(たち)が悪い、ペナルティだ」    唇で、唇をふさがれた。朋樹は口をへの字に曲げて拒み、だが懇願するふうに舌が結び目をなぞるさまに愛しさがこみあげる。  朋樹という、からからに乾いた大地を潤してくれるのは理人だけ。どんな鋭利な刃物をもってしても切り離すのは無理なほど分かちがたくつながれて、飢えを満たすのが正解の場面で、やせ我慢を張るのはナンセンスだ。  一転して、くちづけに応えながら思った。ひとり寝を強いられている間じゅう理人のセーターを丸めたものを腕枕に見立てていた……。  ダブルベッドは広すぎて、まんじりともできないうちに東の空が白んでくる夜をいくつも数えた……。  心臓が跳ねた。気がするどまりでアヤフヤなのは、おかしい。おれの思考回路は耄碌(もうろく)したというレベルでポンコツってこと?  ともあれ、こちらから搦め取りにいった舌が真情を吐露する。気が()れそうなくらい理人が恋しかった──と。  黄昏て、ぽつんと在る山荘の窓明かりが船乗りを導く北極星のごとく輝きを増す。薪ストーブが居間を心地よく暖め、なのに留守番は孤独との闘いだった後遺症だ。ほっそりした肢体が、ぶるりと震えた。 「寒いのか、薪を()べ足すか」 「……バカ。こんなときこそベタな科白『抱いて温めてやる』の出番に決まってるじゃないか」 「ン、だなす。おらが温めてやるっぺ」  軽く舌を嚙んで、たしなめてあげた。折り重なってソファに横たわる。互いの躰をまさぐり合うたび背もたれや肘かけにぶつかり、だが窮屈なのが逆に睦まやかな雰囲気を醸し出して、それがいい。  くちづける角度を変える合間にジャケットを、チノパンを競って乱す。 「ん……ベッドに行こ?」 「却下。そんな遠くまでいく余裕があるか」 「寝室は廊下を挟んで隣。日本・イギリス間の距離はざっと一万キロ。どっちが遠い?」  ちょっぴり皮肉を利かせた睦言が唇のあわいにくぐもる。イギリスの玄関口にあたるヒースロー空港を飛び立ち、長時間のフライトを経て、山荘へ。どっと疲れが出るころで、だいたい時差ボケは大丈夫なのだろうか。休息をとってもらうのが先、と思ってもキスが深まると頭がぼうっとする。理人が欲しい、欲しくてたまらない──ありったけの恋心で叫ぶ。

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