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第13話

 不可解な出来事はなおもつづく。眼鏡をセンターテーブルの上に見いだし、ただし置き方が常とは異なる。例えば風呂に入るときだ。外したあとはツルをたたんで、逆さ向きに、フレームの上辺が洗濯機の蓋に接する形で置いておく習慣なのだ。  しかし今朝はツルを開きっぱなしで、ぽんと天板に載せただけのような状態でそこにある……。 「たまたま、そうだ、たまたまに決まってる」  自称・霊感体質じゃあるまいし、座敷童が眼鏡を悪戯した云々、などと怪奇現象が起きた方向へ話をもっていって、無駄に怖がるのはナンセンスだ。  ただ、これも異変のひとつだ。泣き叫んだあとのように声はしゃがれ、喉がひどく渇いている。台所へ行き、呆然と立ちすくんだ。  親方が眠っている間に小人が靴をこしらえる、あの話の山荘バージョンのようだ。こそ泥が金目のものを盗んでいく代わりに、腕を振るっていったとでもいうのか。  食事の支度が調っている。もっともアサリのぬたは()えた匂いを放ちはじめて〝保温〟のランプが点った炊飯器の中には、うっすらと黄ばんだ豆ごはんが……。 「雨が、降ったんだ。いつ……?」  掃き出し窓を開け放った瞬間、再びキツネにつままれたような思いを味わった。雨露をまとった芝生が、水晶をちりばめたようにきらめく。そよ風がカーテンと戯れ、薪の燃えカスが漂わせる残り香を吹きさらっていく。  庭の向こうに延びる、薄黄色い花穂をつけた白樺の林は(もや)ってパステル画の趣だ。春うららの光景を眺めているうちに突然、啓示を受けたように閃いた。 「そうだ、今日は理人が……肝心の国名を忘れちゃうとか、おれのおバカ。とにかく、どこかの外国から帰ってくるんだった」  いそいそと台所に取って返す。理人の好物をテーブルに載りきらないほど並べて「おかえりなさい」を豪勢に祝うのだ。いかにも的な和食もいいが、焼きそばみたいなジャンクな料理のほうが喜ぶかもしれない。  愛する男性(ひと)のためにメニューを組み立てる、それは贅沢な悩みだ。  セックスした翌朝に特有の甘だるさ──物欲しげに花芯が疼くことに関してはで片づけた。だって理人ひと筋のおれに限って火遊びなんかするわけがない。  間宮から託された白い百合は、花瓶に生けて小卓の上に飾ってあった。その隣で写真立てに収まった理人は、永遠に微笑みつづける。

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