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第15話

 使命感に燃えて紛争地の現状を激写して回る理人が誇らしい。反面、不安がつきまとう。ジャーナリストが流れ弾に当たって非業の死を遂げる例は枚挙に(いとま)がないのだ。  それでなくとも理人は現地に入ったが最後、朋樹のことは二の次で電話一本かけてこない。寸暇を惜しんで撮影に勤しんでいる証しだとしても、帰国の(しら)せを待ち焦がれる宙ぶらりんの日々は、地の果てまでつづく荒野さながら寒々しい。  理人を探査ロケットに喩えると、朋樹は同機を完璧な状態で送り出す発射基地。自分の存在意義を確かめると、淋しさの欠けらが降り積もっても愛情は決して薄れない。  草いきれがする庭にたたずんで正直な気持ちと向き合う。(こいねがわ)くは身近な動植物を被写体とする写真家に鞍替えして、危険な地域へ赴くのはもうやめてほしい。  春も夏も冬も秋も、ずっとそばにいてほしい。 「……道具を片づけて米でも研ぎますか」  芝刈り機の刃に絡みついた芝生は厄介だ。ソールの溝にへばりついた粘土をほじくり出す要領でかき落としているさなか、エンジン音が蒼穹にこだました。 「ヤッバ、理人かも。汗だくで『おかえり』じゃ百年の恋も冷めるっていうやつ?」  ここいら界隈は恐ろしく交通の便が悪い。最寄りの駅からバスに乗り換えるにしても、ちょうどのタイミングで接続するのは朝と夕方の一本ずつのみ。なので家路を急ぐ理人は駅前でタクシーを拾うはず。  だが、遠慮するなんて水臭い話だ。迎えにきてくれ、と頼ってくれれば車を出して、駅はもちろん南極にだってふたつ返事で駆けつける。  カンカン照りだ。にもかかわらず車ともういちど呟いたとたん、びっしり鳥肌が立った。庭の一角に視線が吸い寄せられて、それっきり魅入られたように金輪際、もぎ離せない。  おいで、おいでと招き寄せられたように、へっぴり腰で数歩、そちらへ近づいていった。光、あふるるなかで、禍々しいものがひそんでいるかのごとく、そこだけ闇の領域に属して見えるガレージのシャッターは、錆が浮いている。  (とざ)して、朽ちるに任せた獄舎めいて……。  恐怖心が、枯れ尾花を幽霊と信じ込ませるのと原理は同じだ。シャッターを開けてみればガラクタの類いが転がっているばかりで「なあんだ」と噴き出すのがオチ。汗をかきついでに中を掃除して、納戸に放り込んである不用品をこちらに移そう……。 「うっ、ぐぅう……っ!」  嘔吐(えず)き、しゃがみ込んだ。ぼたぼたと汗がしたたって地面をうがつのに反して、氷原を放浪しているように歯の根が合わない。  眩暈に襲われ、四つん這いになって持ちこたえても、大地が傾いて空中に投げ出される感覚がどんどん強まっていく。

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