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第18話

 首をかしげがちに、カスミソウを()した花瓶を居間へ運ぶ。置き場所に指定された小卓には確かに写真立てが載っているものの、 「ラブラブツーショットのほうが愛の巣にふさわしいのに、なんで理人がひとりで写ってる写真を飾ったんだろうね?」  ピロートークを交わすトーンで囁きかけると恋しさがつのって、きゅんと胸が締めつけられる。他方、パラレルワールドに迷い込んだみたいで気味が悪い。  いつ、誰がこれを生けた? (がく)を残して散り果てたマーガレットが、別の花瓶から垂れ下がっている。  太陽がぎらつき、プチトマトがたわわに実る家庭菜園も、木柵の外側に()めたワンボックスカーも、ハレーションを起こしたように白っぽくぼやける。かたや玄関ポーチには庇が張り出し、箱型でブランコ風の、ベンチの影が沈む。  ベンチに腰かけ、それを物憂げに揺らす間宮の影も、また。 「突撃訪問してくれるわ、注文が多いわ、厚かましい御方のリクエストの品をお持ちしましたけど?」    咳払いひとつそう言って、西瓜を山盛りにした皿をベンチの真ん中にどん! と置いた。そして朋樹自身はポーチの手すりに尻を引っかけた。 「よし、種飛ばし競争をおっぱじめるか」  厳かに宣言するなり、間宮は西瓜にかぶりついた。歯と舌で器用により分けた種をぷぷぷと機銃掃射を行うように飛ばしながら、むっつりと眼鏡をいじる横顔へ視線を流す。  軒先で震えている、生まれたての捨て猫に向けるような色をにじませて。 「今年で三十五になったわりには、おまえは、ちっとも老けないな。『自慢の恋人を紹介する』なんて、あいつがデレデレしまくってくれたのは、ひい、ふう、みい……七年前か。あのころと、ほとんど印象が変わらんよ」 「どういう計算ですか。おれは、まだ三十ですってば」  すまん、と低く応じてひと切れ食べ終えてから、さりげない調子で言葉を継ぐ。 「ピュリッツアー賞がどうのって、あいつの今現在の職業はなんだ?」 「今現在も何も、ずうっと世界を股にかけて活躍する戦場カメラマンでしょうが。パーソナルデータを忘れるとか、親友の風上にも置けませんね」  負けじと朋樹が吹いて飛ばした種は手すりの真下に落ちた。ムキになって新たな数粒を放つと、それも間宮が記録した飛距離には遠くおよばず、口をとんがらかす羽目に陥ったが。 「戦場カメラマンとはマニアックな設定を思いつく。瘦せても枯れてもミステリ作家魂は健在ってことか」  間宮は、皮に残った果肉を歯でこそげるのにまぎらせて独りごちた。その後は黙々と数切れを平らげ、それから、ねじり鉢巻きで気合を入れるふうに、タオルで頭をくるみなおした。 「ごっそうさん。じゃあな、また来る」 「なんの、おかまいもしませんで」  もう来るな、と小声で付け加えた。そこはかとなく愁いを漂わせて歩き去る後ろ姿を、あっかんべで見送る。ワンボックスカーが発進すれば、ひと安心だ。

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