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第21話

 そこで敢えて、こてこてな科白を持ち出した。 「お風呂にする、ご飯にする、それとも……おれ?」 「『おれ』に決まっている、いるが。散歩がしたい、つき合ってくれるか」  にっこり笑えばOKのサイン。理人は酸鼻をきわめる紛争地で見聞きしたことに関して、多くを語らない。だが恋人同士の間では、テレパシーに近い力が働くのだ。  冷徹な眼差しを失ったが最後、戦場カメラマンとしては致命傷だ。また、惨状をつぶさに撮影して世に問うにあたっては自分の一部を麻痺させておかないと、精神(こころ)を蝕まれるのは必至。実際、ドラッグにの救いを求める同業者はごろごろいるのだろう。  対する理人は森林浴の作用で魂を浄化したい、と願っている。ともすると翳りを帯びる表情から、そうと察しがついた。  手をつないで庭を突っ切った。木洩れ陽がまたたくなか、白樺の木立をジグザグに縫ってそぞろ歩く。すらりとした影と、拳ひとつぶん小さなそれが、緑の絨毯の上で軽やかに踊る。 「見つけた。こいつが例のやつだな」  理人が、とりわけ銀白色に輝く()の前で立ち止まった。それの幹には相合傘が彫られている。  傘に見立てた三角形を貫く縦棒の両脇には、それぞれ篠田理人、長谷朋樹──とある。婚礼の儀を執り行うように、この白樺に牧師の役を担ってもらった(しるし)に見える、それ。  ──死がふたりを分かつまで……いや、分かったあとも篠田理人は長谷朋樹を、長谷朋樹は篠田理人を永久(とこしえ)に愛す。  こんなふうに誓いの言葉を交わすふたりを、小鳥たちが美しい鳴き声で祝ってくれたかもしれない。 「恋すりゃ犬でも詩人……か。べた惚れだったもんな。かなりの皮肉屋だったあいつにも、ロマンティストの一面があったわけだ」  一陣の風が林を吹き抜けた。にわかに葉擦れが高まり、ごうと唸ったそれが、やるせなげな述懐をかき消した。理人は、いずれは樹皮と同化してしまうだろう相合傘を指でなぞったあとに(こうべ)を垂れた。  朋樹は眼鏡を押しあげた。相合傘……思い出の一ページを飾る、とても大切なモニュメントだと五感すべてが訴えかけてくるのに、なぜだろう? カビて判読不可能な箇所が多々ある古文書さながら、これを彫った場面は闇に吞まれてしまっている。  理人がぶらりと、その場を離れた。 「もうちょい先まで行ってみるか」 「いいよ、もしも迷子になったときは満天の星の下で野宿なんて洒落てるよね」 「蚊に刺されまくって、四谷怪談のお岩さんみたいに顔がぼこぼこになるのがオチかもな」 「もう、ムードぶち壊し」  寄り添って散策しながら冗談を言い合って笑いころげる。至福のひとときとは、まさしくこのことだ。

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