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第22話

 探検家気分で茂みに分け入り、やがて池の(ほとり)に出た。水面(みなも)は空を映して青くきらめき、しだれ柳がたおやかに枝を差しかける。ひっそり在るのも相まって秘密基地の雰囲気を漂わす。 「いっちばん!」  朋樹はTシャツを翻して岸辺に走った。振り返って、こっち、こっちと、ぴょんぴょん飛び跳ねる。ふと疑問が湧く。理人にとってカメラバッグは商売道具という範疇(はんちゅう)に留まらず、かけがえのない相棒のはず。肌身離さず持ち歩く、と表現しても大げさじゃないほど大切なものを山荘のポーチに置きっ放しにしてきたなんて、。違う、ポーチに現れた時点で手ぶらだったような……。 「天然のプールだな。ちょうどいい、ひと泳ぎするか」  そう言ってTシャツを脱ぎ捨てるなり、ざぶん飛び込むさまに、もやもやした気分は泡と消えた。向こう岸で折り返し、すいすいと一往復してのけた理人に呆れ顔を向けても、単なるポーズにすぎない。無邪気にはしゃぐ姿を見せてくれるということは、それだけ朋樹と一緒にいると安らぐということだ。  朋樹は池の(はた)に座ると、カーゴパンツの裾をめくった。そして足湯を楽しむ恰好で涼む。理人がショーの主役のイルカよろしくジャンプするたび水しぶきがあがり、虹がかかる。自然と笑みがこぼれ、ところが次の瞬間、 「ヤバい、足が()った、溺れるっ」  しゃかりきに水をかいても浮かんでは沈む、という光景に、すうっと血の気が引いた。 「すぐ助けにいくから、がんばって!」  ほとんどカナヅチの部類に入るが、躊躇なく岸を蹴った。ビーチの温水(ぬるみず)とは異なり、夏本番でもひやっこい水が四肢にまとわりつく。おまけに濡れそぼった衣服がゴムのように張りついて自由を奪う。ただでさえ泳ぎっぷりは犬かきより若干マシな程度。  やきもき、ばちゃばちゃと理人めざして水を搔いているあいだに、この池に巣食う河童がさらっていったみたいだ。水面であっぷあっぷしていた躰が水中に没した。人ひとりを呑み込んだ痕跡は、徐々に広がりゆく波紋のみ。 「理、人……?」  ぽちゃん、と水音が答えた。 「やだなあ、迫真の演技にうっかり騙されるところだったよ。ドッキリだよね、ドッキリを仕かけたんでしょ、でしょ?」  しだれ柳に溶け入る声が、だんだんヒステリックな響きを帯びていく。不安がつのり、それは鉤爪でもって心に食い込む。眼鏡のレンズに水の膜が張って視界がひずむから、なおさら。  糸がちぎれかけた人形めいて、ぎくしゃくと立ち泳ぎをつづけながら水中を覗き込んだ。水底は藻の(その)で、バタ足がうねりを巻き起こすたび、なよやかにそよぐ。  そこそこ広いといっても所詮、池。面積は高が知れていて、なのに藻の陰に異次元に通じるトンネルが、ぽっかりと口をあけているとでもいうのか、捜し求める姿はまったく見当たらない。

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