26 / 47

第26話

 しだれ柳が池の(おもて)をさわさわと撫でる。散歩中にひと休みするには、うってつけの場所だ。自然というオーケストラが奏でる音楽が、ロマンティックな雰囲気を醸し出すここで何度もまぐわった……に違いない。  所構わずサカって、と甘酸っぱさをない交ぜに、苦笑交じりに思い出す出来事で……いや、折に触れて思い出さなきゃ変だ。にもかかわらず印象に残る、という以前の問題だ。紙魚(しみ)が食い荒らしたような空白が存在するばかり。 「だいぶ、やわらかくなった。そろそろ指の出番だな」  囁き声が脚の付け根にくぐもった。 「ん、んん……んっ」  二本のスプーンの、皿状の部分と()を逆に重ねたような恰好で高め合うさまが水鏡に映し出され、淫靡な光景が快感を増幅させる。朋樹は行為に没頭すべく裏筋を吸いしだいた。  理人が取材班に同行して某国へ向けて出発する前日、夜っぴて求め合った。そうだっけ? と訝しむことじたい愚かしい。  セックスするのはあれ以来だから勘が鈍っているだけ。自転車だって久しぶりに乗って最初のうちは、びくびくものだ。ペダルを漕ぐにしたがって、風を切って走る爽快感がだんだん上回っていって、ブレーキをかけずに坂道を下るのだって、へっちゃらになる。  それと同じだ。理人が挿入(はい)ってくるころには、だまし絵を見せられているような違和感はぬぐい去られて、夢心地で飢えを満たす……のはず。 「ふぅ、くっ、んんん……!」  内壁をかき混ぜられて、お返しにを撫でころがす。ただし、靴の中に砂利がまぎれ込んでいるような感覚がつきまとって離れない。だいたい夜を徹して別れを惜しんだって? その前提からして怪しい。  朋樹はなかば上の空で頬をへこませ、ねっとりと幹をあやした。取材期間のおおよその目安は週単位、それとも月単位だった?   カメラバッグを相棒に旅立つ理人を見送ったさいに道ばたを彩っていた花は、何? タンポポ、紫陽花、あるいはヒマワリ。曼殊沙華だったかもしれないし、椿のような気もしはじめて、こんな簡単な問題でつまずくのは、どう考えてもおかしい。 「やっぱりアオカンじゃ、イマイチ気分が出ないみたいだな」  じわじわと風船から空気が抜けるように、ペニスがうなだれていく。巧みにしごいてくれても、却ってふにゃんとなってしまう。 「山荘に戻って、それから仕切り直すか」 「やだ。理人ので、おれを早く一杯にして」  そう、頭のてっぺんから爪先まで〝理人〟で占領してくれさえすれば、雑念なんか消し飛ぶに決まっている。

ともだちにシェアしよう!