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第27話

 改めて頬張りながら、腰を揺らめかせて煽る。それに応えて花芯で舌が蠢きだすと愛されている感が強まるのも相まって、(なか)がとろとろに蕩け、果ては猛りを引っ摑んで自ら迎えにいくのが定番──とは別の展開を見せた。  にゅるにゅると出入りする舌がナメクジに変じたかのごとく、身の毛がよだつ。  西の空が、どす黒い雲に覆われていく。遠雷が轟いた。脳内で別の──火薬庫が爆発したような、すさまじい破壊音とすり替わるにつれて苦い塊がせりあがり、怒張を吐き出す。  忌まわしい場面を題材にしたコラージュが、めまぐるしく明滅する感覚が朋樹を襲った。  渓流が眼下に見え隠れする九十九折(つづらおり)を軽快に走る愛車、片側は急斜面のカーブ。カーリングのストーンのように弾き出され、上下左右に揺さぶられながらスピンして。  タイヤが焼ける臭いが鼻をつき、シートに血だまりができる。ハンドルからだらりと垂れ下がった腕、けたたましく鳴り響くクラクション、理人、理人、理人お……っ! 「あっ、あっ、あっ、りひっ、理人……!」 「俺はここにいる、よしよし、大丈夫だ」  むずかる赤ん坊を寝かしつけるように、とんとんと優しく背中を叩いてくれる手は、理人のそれに決まっている。なのに虫唾が走る。蕁麻(いらくさ)が素肌をかすめるはしからミミズ腫れが走っても、かまわず水辺に這っていった。  理人、理人、と命綱にしがみつくように、ひたすら繰り返す。 「朋樹、おまえはいま鬱蒼とした森で迷子になった状態なんだ。俺についてくれば、もう安心だ。だから拒んでくれるな」  おずおずとつながれた手を振りほどいた。バイ菌扱いしたも同然のくせして、不思議だ。わざと錆びたナイフを用いて、ずたずたに心を切り刻まれるような痛みが、ほんの少し薄らいだ。  無意識のうちに眼鏡をかけなおし、なにげなく水鏡を見やって、ひっ、と息を吞んだ。仮面が剝がれ落ちた下から似ても似つかない顔が現れたように、理人が別人と入れ替わる──間宮鱗太郎へと。  正気と狂気という錘をぶら下げた〝やじろべえ〟が右へ左へ傾く。朋樹はヒィヒィ、けらけらと嗤った。入れ子式のマトリョーシカさながらひと回り小さな間宮がの中に隠れていて、ひょっこり出てきたとでもいうのか?   ありえない、もしかすると忙しがっているウサギを追いかけて深い穴に落っこちたのかもしれない。()の有名な少女のように。  くたくたと崩れ落ち、上体が池に浸かった。新種の水草のように、もつれた髪が揺らめく。 「朋樹、頼む、後生だ、に踏みとどまってくれ!」  抱き起こされてガムシャラにもがく。絶叫……いや慟哭(どうこく)だ。喉も張り裂けんばかりのそれが、あたり一帯に響き渡った。  ほっそりした肢体が癲癇(てんかん)の発作を起こしたようにばたついたあとで、力を失った。レンズの奥の双眸は、遙か彼方をさまよう。

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