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第29話

「『はい、あ~ん』、『うん美味い! 恋人のあ~んは格別だ』」  などと、バカップル丸出しのやり取りをひとり二役で演じると、ふにゃふにゃと笑みくずれてしまう。下ごしらえをすませたところで、(まき)を取りに納屋へ行く。家庭菜園の、すぐあちらだ。なのに今朝方から妙にふらつくせいで、倍の距離に感じる。  サツマイモを掘り起こした跡につまずき、噴き出した。足下もおぼつかないほど浮かれまくって、みっともないったら。  悪寒がするのに吐く息は熱いのは、長谷朋樹こと恋の虜が、ときめき一色に染まっているからなのだ。  赤いとんがり屋根も、庭のぐるりに巡らせた木柵も、あらゆるものが霧雨にけぶる。  門の外、国道へと至る白樺の林は鈍色(にびいろ)に沈んで、黄泉の国につづいているような錯覚を引き起こし……眼鏡を押しあげた。さっさと薪運びを終わらせて箸休めに酢の物でもこしらえるほうが、よっぽど建設的だ。  文字通り、納屋にたどり着いた。数束まとめて薪を台車に載せて、だが、その程度の作業でへばる。しゃがんで休んでいるうちに名案が閃いた。  ここに隠れておいて、のちほど門をくぐった理人が玄関へ向かうところへ背後から忍び寄り「だ~れだ」と掌で目隠ししてあげる。きっと、 「セールスマンのわけないし、誰だろうな」  とぼけてみせるだろうからキス攻めで懲らしめて、イチャイチャになだれ込むのだ。  にんまりして、ドアの下部に薪をかました。戸枠との隙間から門の方向を注視する形を整えちゃえば、最高のタイミングで作戦開始といける。スパイ映画の挿入曲を口ずさむと、気分は凄腕の諜報員だ。標的は、もちろん理人のハート。  と、散り落ちた小枝を踏み折りながら、SUVが白樺の林の向こうから現れた。木柵に横付けしたそれの運転席から、がっしりした男が降り立った。  理人が乗ったタクシーがやって来たのかも。それが糠喜びに終わったのも相まって、(まなじり)を吊りあげた。  寝室に場所を移さないうちからキスの嵐が吹き荒れるのが必至の日に押しかけてくるなんて、間宮鱗太郎(まみやりんたろう)ときたら掛け値なしに疫病神だ。  可及的速やかに、なおかつ穏便にお引き取り願いたい場合は、居留守を使ってやりすごすのが一番だ。  朋樹は、そろりと後ずさった。カーディガンをかき合わせても胴震いが止まらないのを〝招かれざる客〟に対する拒絶反応とこじつけるのは、相手が間宮でもさすがに失礼だ。

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