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第30話

 ともあれチャイムを鳴らしても(いら)えがないときは、たいがいの訪問者はおとなしく立ち去る。ところが作務衣姿の人影は、勝手知ったるなんとやら、というふうに山荘の中に消えた。ややあって、裸足のまま飛び出してきた。 「朋樹、朋樹ぃ、どこだ!」  おれは只今、見つかりっこないよう透明人間に変身中のため悪しからず。家庭菜園やら建物の裏手やらを覗いて回るのに、あっかんべで応えてから納屋の隅に縮こまった。  理人と間宮は確か…………長年にわたる親友らしいが、朋樹は間宮のことが大の苦手だ。前世では朋樹が会津藩士、かたや間宮は薩長軍のひとりで斬り結んだことがあったのかもしれない、と思えるほどに。  戊辰戦争以来の遺恨を晴らした気分で、手遊(てすさ)びに癖っ毛を三つ編みに結っているうちに、ビンゴカードの一列がそろった感があった。 「鳥の巣……頭?」  そうだ、天然パーマに関して間宮が毒づいてくれたことがあったように思う。いけ好かないやつ、というレッテルを貼る原因となった出来事は、恐らくそれだ。 「朋樹、返事をしろ、朋樹!」  間宮の分際でおれを呼び捨てにして、ムカつくったら。朋樹はぷんすかと眼鏡のレンズを磨き、その反面、満更悪い気はしなかったりする。〝さん付け〟および〝くん付け〟は慇懃無礼さがぷんぷん(にお)う。つまり、  ──ツラもおつむも凡庸なおまえが篠田の恋人とはなあ。あいつは守備範囲が広い。  と、却って暗にけなしているさまが、ひしひしと伝わってくるだろうから。  それにしても、やけに躰がだるい。ずるずると床に沈み込んでいけば、薪の束を台車に移し替えたあとの積み方が雑だったせいだ。山積みにしてあるうちから何本かが抜け落ち、勢いあまって壁にぶつかった。バチで太鼓を叩いたような音がこだまして数瞬ののち、ドアが引き開けられて「見ぃつけた」。 「なんだ、灯台下暗しってやつだな。てっきり、過去と現在がごっちゃになって、ふらりとどこかへ行っちまったのか──と」  間宮はハッと口をつぐみ、朋樹はそんな彼を()めあげると、 「よけいな心配をおかけして、すべては不徳の致すところです」  棒読みのなかに棘をひそませた。半永久的に山荘から足が遠のくよう辛辣なひと言を付け加えたいところだが、そこで咳き込んだ。  喉がいがらっぽいのは埃のせいだ。そう自分に言い聞かせながら腰を浮かせる。さっさと間宮を追い返して台所に戻ろう。箸休めは柿のねっとりした甘みがアクセントの(なます)で決まりだ……。

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