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第31話

 ところが間宮は敷居をずいと跨ぎ、 「頬がまだらに赤いし、瞳も潤んでるな」  素早く、おでことおでこをくっつけた。そして唸った。 「かなり熱いぞ。測ったのか、何度ある」 「平熱が高めなだけで、ぴんぴんしてます」 「立派な病人のくせして強がるな。歩けるか、なんならベッドまでおぶってやろうか」  鼻で嗤って返し、すっくと立ちあがったのも束の間へたり込んだ。すかさず腋下(えきか)と膝の裏に腕が回り、あっと思ったときには躰が宙に浮いたあとだ。 「下ろせ、下ろせったら! 理人がもうすぐ帰ってくるんだ、悪ふざけにつき合ってる暇なんかないんだ!」 「帰ってくる……うっかりしていた。周期的にが入るころか」  語尾が濁されたことも手伝って、周期的云々は朋樹の耳を素通りした。事もあろうに間宮によって、お姫さま抱っこで寝室に運ばれるなど汚辱以外の何ものでもない。それゆえベッドに放り込まれるなり上掛けを引っかぶった。  そもそもダブルベッドが鎮座ましますこの部屋は、いわば聖域なのだ。侵すやつは八つ裂きにされて当然と思え。  間宮が腰かけるのにともなって足下側のマットレスが沈んだ。ただちに蹴り落としてやるべく、また蹴りの威力を高めるため、くの字に曲げた利き足を胸に引きつけた。  だが蓑虫(みのむし)よろしく上掛けでぴっちりとくるまれたせいで、不発に終わった。 「病院へつれていく。温かくしておけ」 「いやだ、病院は……怖いっ!」  朋樹は上掛けから(まろ)び出た。眼鏡のフレームが鼻梁にカタカタぶつかるほど、蒼ざめた顔は引きつっていた。だって病院には霊安室がある。(なが)の別れが現実の出来事だと否応なしに思い知らされる、あんなところへつれていかれるくらいなら、ワニの生き餌にでも志願するほうがマシだ。  永の別れ、いったい誰と……?  重苦しい沈黙が落ち、それは、かれこれ十数分にわたってつづいた。間宮が根負けした様子でため息をつき、それでもニヤニヤしてみせた。 「わかった、交換条件だ。冷えピタを捜しがてらあちこち漁るが、おまえに拒否権はない」 「親切の押し売りは、けっこうです。看病なら理人にしてもら……」  びりびりと空気が震えた。間宮が、穴が開く勢いで壁を殴ったのだ。 「ないものねだりも、いいかげんにしろ」 「そっちこそ言いがかりをつけ……」  反論は尻すぼみに消えた。深い哀しみを織り込んだマントを羽織っているみたいに、たくましい体軀がひと回り縮んだように見えて、それで言葉を失った。  居間でガサゴソやりだした気配が伝わってきても間宮をつまみ出しに行くどころか、ベッドでおとなしくしていたのも同じ理由からだ。

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