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第36話

「甘やかすと言っただろうが。看病のオプションだ、タオルで全身を()いてやる」 「冗談じゃない、理人以外の男にさわられるなんて切腹ものだ!」  ガムシャラに暴れてもヒグマにでも()しかかられているように、縦横ともにひと回り大きな躰はびくともしない。ただでさえ衰弱している。必死に抵抗したのも虚しく、あっさりシーツに縫い留められた。  レンズの奥の双眸が、瞋恚(しんい)(ほむら)というものを宿してぎらつく。それに反して、朋樹は冷笑を浮かべた。 「恥知らず。あんたにお似合いの称号を謹んで進呈します。下種野郎」 「俺のモットーは〝有言実行〟。拭いてやると言ったからには何がなんでも拭いてみせる。下種野郎、大いにけっこう」 「馬鹿キ〇ガイ人でなし卑劣漢ド畜生……手慣れてますね、この分野の常習犯ですか。理人を、親友を平気で裏切って、人間のクズ」  電気スタンドのコードを用いて両の手首を(いまし)められるに至っては、(はらわた)が煮えくり返るという次元を通り越して感心してしまう。  もしかすると間宮は蛮行におよぶ機会を虎視眈々と窺いつつ、綿密に計画を練っていた。そんな疑念が湧くほど、てきぱきとやってのけるのだから。  寝室にはふつうの腰窓のほかに、明かり取りの小窓がある。色ガラスが嵌まったそれを通して射し込む陽光が、シーツの上に七色のモザイク模様を描くなか、パジャマの上がはだけられた。  朋樹は唇を嚙みしめた。対格差プラス拘束。ふたつもハンデを背負った状態で徹底抗戦を貫いても、結果は推して知るべし。だから、なすがままでいるしかない。  おれは解剖台にくくりつけられた蛙。そう自分に言い聞かせ、怒りにわなわなと震えても努めて力を抜いた。  万一、理人がこの場に来合わせたら……想像するだに恐ろしい。間宮は即座に縁を切られるばかりか、病院送りということもありうる。朋樹にしても浮気の現場を押さえたとの誤解を受けて、最悪の場合、別れ話に発展するかもしれない。  と、人肌に温めた濡れタオルが首筋を上下にすべり、 「どうだ、さっぱりするだろうが」  得意顔を向けてくるのに、射貫くような目つきで睨み返した。狡猾なやり口と裏腹、耳たぶをくるんだタオルを優しく動かすせいで、なおさら悔し涙が睫毛を濡らす。  あらゆる言語を駆使して罵りまくっても飽き足らない。なのに、さしずめ喉をゴロゴロ鳴らす猫だ。ぬらつく肌を拭き清めてもらうのは純粋に気持ちがいい。ふにゃあと欠伸が出てしまったが最後、お墨付きを与えたも同然だ。

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