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冬の章

    冬の章  粉雪が舞い、ちょんちょんと地面を跳ねるスズメは真ん丸い。  間宮鱗太郎(まみやりんたろう)は柄杓で手桶から水を掬った。それから墓石の上で静かに柄杓を傾ける。埃っぽかったのが艶めくにつれて、 「祥月命日のたび律儀に通ってきて。毎度、ご苦労なこった」  骨壺に収まった親友が照れ隠しにシニカルな笑みを浮かべるさまが、鮮明な像を結ぶ。在りし日の親友が好んだ銘柄の煙草をくゆらし、線香とともに供える。紫煙が漂うなかで、ひとしきり親友と語らうのが、墓参に訪れるごとのルーティーンだ。  ○○家の墓とあるものは大概そうだが、ここの墓誌にも故人の俗名や享年などが刻まれている。十五年前に石屋が(のみ)で彫りつけた文句は、こうだ。  篠田理人(しのだりひと) 平成二十年八月二十六日没  保育園のゼロ歳児クラスで出会い、はいはいの速さを競ってから三十と六年。無二の親友が呆気ないほど突然、天に召されたときには片翼をもがれたような喪失感を味わった。  だが悲嘆に暮れている暇はなかった。間宮には使命があった。亡き親友の恋人──長谷朋樹(はせともき)がこれまで通り山荘で穏やかに暮らしていけるようサポートする、という重大な役目が。  そういった重責を(にな)うにあたって下心が全くなかった、と言えば嘘になる。  間宮は、さわり魔に変身する酒癖があった理人を真似て、墓石をぐりぐりと撫でながら語りかけた。 「朋樹のやつときたら、相変わらず俺の顔を見りゃ怨魔退散ってな感じにキイキイわめく。ありゃあ、犬が電柱にマーキングするのと同じ習性だな」  ──朋樹は見た目はもちろん、ちょっぴり天邪鬼なところが最高に可愛い……。  と、理人が真顔でノロケてくれた、その昔。間宮は相槌を打つどころか、冷やかすことさえできずに、ただ黙ってハイボールを呷ったものだ。  なぜなら後ろめたい想いを抱いていた。朋樹に横恋慕していると勘づかれしだい、友情に修復しがたい亀裂が生じるのは免れない。 「朋樹も最近は歳相応にバテやすいが、まあ元気でやってる。じゃあ、また来月な」  冬将軍が本格的に襲来する前触れだ。うっすらと白い(ころも)をまといはじめた玉砂利をざくざく踏んで、墓地を後にする。  このルートが近道ではあるものの、山荘へ向かってEV車を走らせている途中に、悲報に接して号泣した当時の記憶が生々しく甦る場所がある。  事故多発注意と、でかでかと書かれた立て看板が電柱にくくりつけられているそこは、蛇行した(わだち)に沿ってアスファルトが(いた)み、当該の轍がガードレールの手前でぷっつりと切れているさまも禍々しい。  日光の、いろは坂に匹敵する九十九折(つづらおり)は、一方通行のあちらとは異なり対面通行ゆえ危険度が増すのだ。

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