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第5話 俺がやるべきこと
「さぁ、昼飯にするぞ。パスタでいいか?」
お母さんの写真を見ていた藤也 さんが、俺の頭をポンと撫でながらそう言った。
「はい。パスタ、おいしくて好きです」
「そりゃよかった」
またポンポンと頭を撫でてから、上着とネクタイをソファの背もたれにかけた。そうしてシャツの袖をまくり上げながらキッチンに入っていく。
(後ろ姿も、ちょっとかっこいいな)
ベストにシャツ、それにスーツのズボンを着た藤也 さんはかっこいい。小さいときからスーツを着た怖い人たちをたくさん見てきたけど、藤也 さんはダントツでかっこいいと思った。
「それに何でも知ってるし」
スパゲッティをパスタって呼ぶことも、パスタにはいろんな種類があるってことも藤也 さんが教えてくれた。
「あ、ミートソースの匂いだ」
昔はお母さんが作ってくれたケチャップ味のスパゲッティが一番好きだったけど、いまは藤也 さんが作るミートソースが一番だ。ミートソースなんて作るのが大変そうなのに、藤也 さんはいつもパパッて作る。
「何でも知ってて何でも作れる藤也 さんって、すごいよな」
それにスーツも似合っているし、体も大きくて力も強い。そう思ったら、また少しドキドキしてきた。
「もうすぐできるぞ」
藤也 さんがそう言ったら、俺がお皿やコップ、フォークを用意する。冷蔵庫からレモンの味がする水を出してコップに注ぎ終わると、藤也 さんが出来たてのミートソースパスタを運んで来た。それをテーブルに置いて向かい合わせに座る。
「いただきます」
「あぁ、召し上がれ」
挨拶をしてから食べ始めるのも毎日のことになった。
「今日はもう仕事に戻らないからな」
ってことは、明日の朝まで藤也 さんが部屋にいるってことだ。俺はコクコク頷いてから、またモグモグ食べた。
食べ終わったら藤也 さんが食洗機にお皿もコップも入れてしまったから洗うものがない。途端にやることがなくなってしまった。
「あの、何かすることないですか?」
自分で仕事を見つけられないのは情けないけど、できることが少ない俺は聞くしかない。
「本でも読んでろ」
「でも、」
「他にやることはねぇよ。あとは夕飯前に風呂の用意くらいだ」
「お風呂……じゃあ入浴剤、選んできます」
そう言ったら、なぜか藤也 さんに笑われてしまった。でも、俺ができるのはそのくらいだ。お風呂だってボタンを押すだけで終わってしまう。
「今日は暑かったはずだから、さっぱりしたやつがいいかな」
何十個もある入浴剤にはいろんな種類があって、お湯がトロトロになるものや泡になるものもある。「全部もらいもんだけどな」って藤也 さんは言っていたけど、それにしても種類がすごい。
いろいろ考えて“爽やかな気分でリフレッシュ”と書かれた入浴剤にした。それを洗面台の脇に置いてから部屋に戻る。
「まったく、おまえは可愛いな」
「……?」
ソファに座って本を読んでいた藤也 さんに、そんなことを言われた。体が小さいからかもしれないけど、子どもだと思われているならちょっと嫌だと思った。
その後は夕方まで本を読んだ。藤也 さんに選んでもらった本は魔法が使える少年が主人公が出てくる内容で、世界中で人気なんだと教えてもらった。
(風俗店の本じゃなくていいのかな)
そう思ったけど、藤也 さんが選んだ本に文句を言うわけにもいかない。おもしろいかどうかわからなくて、何度も時計を見てしまった。
夕方になって藤也 さんがお風呂に入ったら、続けて俺も入る。お風呂から出たらすぐに夜ご飯だ。
(俺、何も手伝ってないんだけどいいのかな)
料理の手伝いはするなと言われているから、俺にはコップや箸を出すことくらいしかできない。そんなの仕事でも何でもない。そんなことを考えながら部屋に入ると、焼き魚の匂いがすることに気がついた。
「おー、一丁前に嫌そうな顔しやがって」
「嫌じゃ、ないですけど」
「嘘つけ。おまえ魚嫌いだろ」
「別に、嫌いじゃないです」
そう答えた俺を藤也 さんが笑いながら見ている。
(そういえば、藤也 さんの目って不思議な色してる)
灰色っぽい青色に見えるときがあるから、もしかしたら日本人じゃないのかもしれない。いつもは少し怖い目だけど、最近は笑っていることが多いような気がする。笑うと目尻に少しだけ皺が寄るのもかっこいいなと思った。
(そういえば、藤也 さんは四十歳なんだっけ)
教えてもらったときは驚いた。だって、全然そんな年には見えない。「父親と同じくらいだろ?」って言われたけど、お父さんを知らないからよくわからなかった。
「魚、もう少し増やすか?」
また不思議な色の目が笑った。見ているとドキドキしてくる。
「……嫌いじゃないから、食べれます」
「ま、そういうことにしとくか」
この日俺は、笑っている藤也 さんに見られながら何とか焼き魚を食べきった。
早めの夜ご飯を食べたあとはテレビを見る時間だ。これも藤也 さんが決めたことだ。正直、テレビの何がおもしろいのかいまだによくわからない。部屋にはテレビがなかったし、見たことがほとんどなかったから見たい番組もわからなかった。
(でも、旅行のはちょっとおもしろいかも)
修学旅行も行ったことがないから、旅行がどんなものかよくわからない。だけど、知らない場所に行くのは楽しそうだなと思った。
(小学校のときは修学旅行に行きたくてしょうがなかったっけ)
あの頃はお金がない実感があまりなくて、ギリギリまで行きたくてしょうがなかった。それでも行けなかった俺は旅行する想像ばかりしていた。
中学のときは想像することをやめた。想像したり夢を見たりするほうが寂しくなるからだ。お店のお姉さんたちも「変に夢なんか見たら、あとがつらいだけだよ」って話していた。
(……それはいまも同じか)
いつになるのかわからないけど、俺は風俗店に行くか臓器売買される。それがわかっているのに夢を見るなんてことはしない。
「やっぱ旅番組のほうがいいか」
「……え?」
「おまえ、上の空だろ」
そう言われてテレビ画面を見た。画面には大人気だというアニメが映っている。本当はおもしろいのかもしれないけど、俺にはよくわからなかった。
「つまんねぇもの見ても楽しくねぇだろ。それなら興味が持てるもんのほうがいい」
「あの、」
「旅行番組、楽しかっただろ?」
「……はい」
楽しかったのかはわからないけど、おもしろいとは思った。
「じゃあ、旅行関係の番組を片っ端から見てみるか」
そう言った藤也 さんがリモコンのボタンをあれこれ押し始めた。テレビにはいろんな番組が映っていて、もしかして全部見ないといけないのかと思ったら気が遠くなった。
(でも、藤也 さんが見ろっていうなら、ちゃんと見るようにしよう)
それに藤也 さんと一緒に見るのは嫌じゃない。いろいろ教えてくれるし、楽しそうな藤也 さんを見られるのは何だか楽しい。
(そういえば、藤也 さんみたいな顔もイケメンって言うんだよな)
テレビを見ていて気がついた。イケメン俳優だとかイケメン歌手だとかいろんな人が映っていたけど、藤也 さんのほうがイケメンだ。
(それに、俺なんかにも優しくしてくれるし)
そう思いながら藤也 さんを見たら、やっぱりドキドキしてしまった。
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