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第6話 ボスの来訪

 藤也(トウヤ)さんの家に来て三週間が経った。大きく変わったことはないけど、五日前からテレビを見る時間が一気に増えた。  藤也(トウヤ)さんが出かけてから食器を洗って、掃除や洗濯をする。ここまでは前と一緒だ。そのあとお昼ご飯までの間がテレビを見る時間になった。 「そうでもしねぇと、おまえテレビ見てねぇだろ」  たしかに天気予報くらいしか見ていない。そんな俺の行動なんて藤也(トウヤ)さんにはすぐにわかってしまうのだろう。旅行番組か旅行っぽい映画を見ろと今朝も言われてしまった。 「旅行のなら、まだマシかな」  他のは見ていて眠くなる。だから今日も旅行番組を見ることにした。  大きなテレビをつける。画面にいろんなテレビや文字が映っている中で、毎日見ている旅行番組を選んだ。 「旅行っていうか、これってたぶんクイズ番組だよな」  世界中のいろんな国に行って、いろんなものを紹介しながら途中で問題が出る。答えはわからないけど紹介するところがおもしろいから、昨日の続きを見ることにした。 「……あ、この声」  クイズを答えている声に聞き覚えがあった。たぶんテレビで歌っていた女の子だ。  僕が人の声を覚えるのが得意だと気づいたのは藤也(トウヤ)さんだ。名前までは覚えられないけど、声だけなら百発百中だと褒められた。 「……藤也(トウヤ)さんに褒められた」  誰かに褒められたのは久しぶりだ。しかも相手は藤也(トウヤ)さんだ。何でも知っていて何でもできる藤也(トウヤ)さんに褒められるなんて、思い出すだけで顔がにやけてしまう。  ピンポーン  テレビとは別の方向から音がしてビクッとしてしまった。 「いまのって、チャイムだよな?」  藤也(トウヤ)さんが帰ってきたときには鳴らない。ってことは、お客さんが来たのかもしれない。誰だろうと思って玄関を開けたけど誰もいなかった。  ピンポーン。  また音がした。それに、どこかから「おおーい」って声も聞こえる。 「……これって、ボスの声だ」  ちょっと小さいけどボスの声がする。でも玄関の外には誰もいない。 「そっか、ビルの入り口か」  ここに来た日、ビルの入り口には鍵がかかっていた。藤也(トウヤ)さんは何かで開けていたけどボスは開けられないのかもしれない。 「どうやって開けるんだろ」  藤也(トウヤ)さんにビルの入り口の開け方を教えてもらってない。どうしようと思っていたら、またチャイムが鳴った。 「……とにかく、入り口に行こう」  これ以上ボスを待たせたら、きっと怒られる。そう思って大急ぎでビルの入り口に向かった。 (いた!)  大きなガラスのドアの向こうにボスがいる。急いでドアに近づいたら、勝手にドアが開いた。 「あれ? 開いた?」 「わざわざ出迎えてくれるなんて、偉いな」  ニッコリ笑ったボスが入ってきた。後ろには金髪の人もいる。 「あの、こんにちは」 「お、ウチの新入りよりいい挨拶だ」  ピンク頭の人みたいに腰をギュンって曲げて挨拶したら褒められた。褒められるのは嬉しいけど、ボスに褒められると少し緊張する。  エレベーターに乗りながら、藤也(トウヤ)さんはまだ仕事から帰っていないことをボスに話す。 「部屋で待つよ」 (だから昼過ぎに帰るって言ってたのか)  藤也(トウヤ)さんが出かけるとき、昼過ぎに帰るって言っていた。きっとボスと会う約束をしていたからだ。  部屋に戻った俺は、ソファに座るボスを見てからキッチンに入った。ボスはお客さんだから飲み物を出さないといけない。 (お店の奥ではお酒だったような……)  何を出せばいいのか悩んでいたら、金髪の人が来て冷蔵庫を開けた。お茶が入った容器を取り出したから、慌ててコップを出す。すると、ポンと頭を撫でられた。 「……やっぱり子どもに見えるってことなのかな」  嫌な気持ちはしないけど、ちょっと複雑な気分にはなる。このまま子ども扱いされていたら、ますます藤也(トウヤ)さんの役に立てないような気がしてきた。 「実際、全然役に立ってないけどさ」  ちょっとへこみながら、ボスと旅行番組の続きを見ることにした。ボスは藤也(トウヤ)さんと同じくらい物知りで、クイズも全問正解だった。やっぱり偉い人はすごい。俺ももっとテレビを見ないとダメだと反省していると、玄関が開く音が聞こえてきた。 「藤也(トウヤ)さんだ」  慌てて玄関に行く。 「おかえりなさい」 「おう、ただい……」  ボスたちの靴を見た藤也(トウヤ)さんの顔が急に怖くなった。 「あの、」  話しかける前に、ドカドカと足音を立てながら歩き出した。理由はわからないけど怒っている。俺は慌てて追いかけた。 「ここには来るなって言っただろうが」  部屋に入って最初に聞こえたのは、そんな藤也(トウヤ)さんの怖い声だった。

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