9 / 28
第9話 キスの練習
「ほら、少し口開けろ」
藤也 さんにそう言われて、目を瞑ったまま少しだけ口を開ける。そうしたら藤也 さんの舌が口の中に入ってきた。はじめは歯を舐めて、それから口の中の上とか下とかを舐めて、最後は俺の舌をベロベロする。
最初はそれだけだったのが、二回目からは何度もくり返すようになった。正直、口の中を舐め回されるのは苦しい。うまく息ができなくて、キスが終わると毎回息が上がってしまうくらいだ。
「キスの最中は鼻で息をしろ」
そう教えてもらったけど、口の中が気になってやっぱりうまくいかない。きっと俺はキスが下手なんだ。でも、藤也 さんは「そういうのもそそるな」と言って怒らなかった。
(そそるって何だろう)
よくわからないけど、藤也 さんが楽しそうならいいか。そしていま、五回目のキスの練習をしている。
「ん……っ、んぅ」
相変わらず苦しいけど、首の裏側がゾワゾワするようになってきた。そうすると体が勝手にビクッとしてしまう。
「んっ、んぅ、んっ」
体がビクッてなると、今度は背中がゾクゾクしてくる。そのうち頭がボーッとして、口が痺れたみたいにジンジンした。最後は全身から力が抜けて、いまもソファでぐったりしてしまっている。
俺がそんな状態になっても藤也 さんはキスをやめない。片膝をソファに載せて、背もたれに俺を押しつけるようにしながらキスを続ける。そうされると苦しいよりもドキドキが強くなって、やっぱり息が苦しくなった。
「んふ、ぅ」
「全然慣れねぇな」
「ごめん、なさい」
「怒ってんじゃねぇよ。そういうところもそそるってだけだ」
また「そそる」って言われた。どういう意味が聞きたいけど、息が上がってうまく話せない。ハァハァと息をしていると、藤也 さんが「ははっ」って笑った。
「お、キスで勃起したか」
(ぼっき?)
藤也 さんが俺を見ながら笑っている。いや、俺っていうよりもお腹のあたりを見ているような気がする。
どうしたんだろうと思って自分のお腹を見た。夏用の柔らかな半ズボンの股間あたりが少し膨らんでいる。ようやく「ぼっき」っていうのが「勃起」だとわかった。
「……!」
慌てて横を向いて股間を隠した。
「キスで勃起するくらい普通だぞ?」
そんなことを言われても恥ずかしいものは恥ずかしい。顔を見られるのも恥ずかしくて、ソファにギュッとほっぺたをくっつける。
「俺のキスで勃起したんだ。俺は嬉しいけどな」
「……でも、見られるのは、恥ずかしい、です」
「恥ずかしがることはねぇよ。俺だって勃起してるぞ?」
「……え?」
びっくりして藤也 さんを見た。今日は出かけないから、柔らかそうなシャツとズボンを着ている。ちょうど股間の辺りが目の前にあるんだけど、気のせいじゃなければ少し膨らんでいるように見えた。
「キスして勃起するなんて誰でもなるんだよ」
藤也 さんが言うのならそうなのかもしれない。
(っていうか……大きい、よな)
自分の股間よりも藤也 さんの股間のほうが気になった。他人の股間なんてじっくり見たことがないからわからないけど、たぶん大きい。少なくとも俺が見かけた銭湯の人たちのよりは大きかった。
(……イケメンって、ここもイケメンなのかな)
急にそんなことが頭に浮かんだ。お店のお姉さんたちが「顔は普通でも体がイケメンって人もいるよ」と話していたことを思い出す。
(ちょっと、見てみたいかも)
ズボンの上からでも大きいけど、生で見たらどんな感じなんだろう。いままで他人の股間なんて気にしたことなかったのにソワソワしてきた。
(触ってもすごそう)
そう思ったら我慢できなくなった。ダメだとわかっているのに勝手に右手が動く。そうしてズボンの近くまで伸ばしたところで手首を掴まれた。
「そこまでだ」
「……あ」
慌てて顔を見ると、細くなった目がじっと俺を見下ろしている。
(しまった)
どうして俺は藤也 さんを怒らせてばかりいるんだろう。練習だって満足にできないし情けなくなる。小さな声で「ごめんなさい」と謝りながら俯いた。
「怒ってんじゃねぇよ」
「……でも、」
たしかに怒っている声には聞こえないけど、俺に股間を触られるなんて嫌だったはずだ。怒られるのも怖いけど、いまので嫌われたんじゃないかと思ったらもっと怖くなった。
「怒ってねぇって言ってるだろ」
本当だろうか。そっと顔を上げると、ニヤって笑っている藤也 さんが俺を見ていた。
「それに俺の股間に興味津々なんて、いい傾向じゃねぇか。そのうち生で触らせてやるから楽しみにしてろ。そうだな、口でさせるのもいいし、顔射もいいかもしれねぇな」
(がんしゃって、何だろう)
藤也 さんは俺の知らない言葉をたくさん知っている。そんな藤也 さんに嫌われないためにも、もっと頑張らないといけない。早くちゃんと練習できるように、もっともっと頑張らないとダメだ。
「そういや誕生日、明後日だったな」
「そう、ですけど」
「……よし、明後日までは我慢だ。いま手ぇ出したりしたら藤生 に何言われるかわかったもんじゃねぇ」
そう言って掴んでいた手首を離してくれた。
「誕生日、楽しみにしておけよ」
藤也 さんが、またニヤッと笑っている。その顔にドキッとした。
(藤也 さんって、何やってもかっこいいな)
怖いと思うこともあるけど、それよりもかっこいいと思うことのほうが多くなった。そもそも怖くなるときは俺が何かやらかしたときで、やっぱり俺の頑張りが足りないせいだ。だから練習もキスばっかりなのかもしれない。
(練習がキスだけなんて、あり得ない)
俺は早く次の練習ができるように、密かに気合いを入れ直した。
ともだちにシェアしよう!