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第10話 誕生日
今日は俺の十八回目の誕生日だ。いつもより早く帰って来た藤也 さんは、右手にご飯の入った袋を、左手に綺麗な箱を持っていた。
「ふぉ、」
袋の中身を見て変な声が出てしまった。だって、おいしそうな手羽先がたくさん入っていたんだ。他にもシーザーサラダっていうサラダが入っていた。
こんがりした手羽先を食べながら「この前の手羽先もおいしかったなぁ」なんて思い出した。あのときの手羽先はお醤油っぽいもので煮たものだった。もちろん藤也 さんの手作りで、俺の中で一番おいしいお肉になった。
気がついたら手羽先もサラダも綺麗になくなっていた。「おいしかったなぁ」と思っていたら、藤也 さんがテーブルに綺麗な箱を置いた。
「まだ食えるか? 食えるよな?」
何だろうと思って見ていると、箱から綺麗なケーキが出てきた。
「ふぉ、」
また変な声が出てしまって慌てて口を閉じる。でもケーキから目が離せない。
(ケーキに、花が咲いてる)
ショートケーキよりちょっと大きいケーキの上には綺麗な花が咲いていた。作り物の花じゃなくて本物の花だ。っていうか、何でケーキに花が咲いているんだろう。
「ほら、食え」
「……食べても、いいんですか?」
思わず聞いてしまった。だって、こんな綺麗なケーキをご褒美でもないのに食べていいわけがない。
「いつでも買ってきてやるから、食え。それに今日はおまえの誕生日だろうが」
「……え?」
「誕生日ケーキだ。ロウソクはねぇけどな」
言われてようやく気づいた。
(そっか、誕生日にはケーキを食べるんだったっけ)
小学生のときそんな話を聞いた気がする。でもそれは普通の家がやることで、俺がやってもいいことじゃない。代わりに俺にはお母さんが買って来てくれたお菓子があった。
(それも、小学校に入ったらなくなったけど)
藤也 さんを見たら、不思議な色の目がちょっと笑っているように見えた。きっと俺が食べるのを待っているんだ。
俺はケーキの端っこをそーっとフォークですくって、ゆっくり口に入れた。
「……っ!」
(お、おいしい……)
おいしすぎてフォークを持っている手がブルッとした。こんなに甘くておいしいクリームは初めだ。食べながら涎が垂れそうになった。
(花も食べられるんだ)
花なのに甘い気がする。俺は夢中になって食べた。手羽先とサラダで満腹だったはずなのにフォークを持った手が止まらない。ひたすらモグモグ食べていると、口元を藤也 さんがスルッと撫でた。
「クリーム付いてんぞ」
口元を拭った親指に生クリームが付いている。それを藤也 さんがペロッと舐めた。それだけのことなのに、顔がポッポと熱くなる。
(……なんで熱くなってるんだろ)
恥ずかしいことなんて何もしていないのに、藤也 さんが指に付いたクリームを舐めるのを見ただけで顔が熱くなった。
「そんな目ぇして、今夜は大変だな」
「ぇ……?」
「今日はおまえの十八歳の誕生日だ。ってことは、おまえが望んでた練習 を始める日だろ?」
「……あ、」
そうだった。藤也 さんは俺が十八歳になったら風俗店に行くための……じゃなかった。風俗店には行かないけど、そういう練習をするって言っていた。おいしいご飯とケーキで、すっかり忘れていた。
(そっか、今日から練習、するんだ)
ホッとしたけど、代わりにどんどん顔が熱くなる。
「ま、初日から全部したりはしねぇよ」
「ぜんぶ、」
「そうだなぁ、今夜は全身舐め回すところから始めるか」
「舐め、る」
(さっき指を舐めたみたいに……?)
あの赤い舌で俺を舐めるってことだろうか。そう思っただけで首まで熱くなってきた。慌ててお皿を見たけど熱くなるのが止まらない。
俺は藤也 さんの顔を見ないようにしながら残りのケーキを食べた。さっきまではあんなに甘くておいしかったのに、味がよくわからない。それでもひたすら無言で食べ続けた。
ご飯が終わるとお風呂に入れと言われた。いつもは藤也 さんが先に入るのに、今日は準備があるとかで俺が先に入ることになった。
「……そうだ、舐めるって言ってた」
藤也 さんの言葉を思い出してハッとした。たしか全身を舐めるって言っていた。本当にするのかわからないけど、もし本当だったら大変なことになる。
「綺麗に洗わないと」
俺は液体石鹸をたくさん体につけて、何度も何度も擦った。耳の後ろも脇の下も、おへその中も足の指の間もゴシゴシと擦りまくった。擦りすぎて痛くなってきたけど、汚いものを舐めさせるわけにはいかないから、ひたすら体を擦り続けた。
お風呂から出たら、いつものフカフカしたバスタオルと……これはなんだろう。パジャマじゃなくて、バスタオルみたいなフワフワの大きな上着が置いてある。
「……パンツもない」
もしかして、このフワフワしたのを着ろっていうことなんだろうか。それにパンツがないってことは、穿かなくていいってことかもしれない。
「そっか、どうせ裸になるから」
風俗店ではお客さんもお姉さんも裸になる。それに大きなお風呂だけの部屋もあったし、そこにはこんな上着が置いてあった。
「……本当に、練習するんだ」
風俗店に行く代わりに、俺は藤也 さん専用とかいうのになる。そのための練習を、今日から始める。
「どうしよう、緊張してきた」
何をするのかわかっているから怖くないと思っていたけど、やっぱり少し怖い。怖くて、それにドキドキする。
「俺、失敗しないかな」
失敗して藤也 さんに嫌われたりしないか不安になってきた。
「……頑張らないと」
フワフワの上着を着て、腰に巻いた紐をグッと結ぶ。
頑張って早く練習を終わらせないといけない。そうしないと、俺はいつまで経っても役立たずのままで迷惑ばかりかけてしまうことになる。藤也 さんに嫌われないように、ちゃんとできるようになりたい。
そう考えながら練習に挑んだ俺は、すぐに何も考えられなくなってしまった。
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