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第16話 絶体絶命

 藤也(トウヤ)さんが買ってくれたカーディガンが床の上でグシャグシャになっている。シャツもズボンも放り投げられて同じようにグシャグシャになっていた。藤也(トウヤ)さんの写真が載ってた雑誌は、床に放り投げられたあとグシャッて踏みつけられた。  ニヤニヤ笑っている男の人に、服も下着も全部取られた。だけど今日初めて履いた真っ白なスニーカーはそのままだ。靴しか履いていない俺は腕を後ろ手縛られ、ソファの前の床に座らされていた。 「ほぉ、ただのガリガリのガキかと思ってたが、まぁまぁじゃねぇか。ま、オレはもっと柔らかいほうが好みだけどな」  ニヤニヤ笑っている人が、また乳首をギュッて摘んだ。嫌なのに、摘まれると勝手に体がビクッてする。摘まれている乳首がどんどん膨らんでいく。 「おーおー、結構躾けてんじゃねぇか。乳首だけでイけんじゃねぇか? ガキにここまで仕込むってのは、紫堂の坊ちゃんも相当な変態だなぁ」 「ガキだからいいんじゃないっすか?」 「ま、このくらいから躾けておけば後々いいように使えるか」 「最近じゃあ男も人気だって話ですぜ? とくに欧米人の間じゃ、東洋人の子供はイロモノでも高値がつくって聞きますしね」 「ははっ、変態ってのは万国共通ってこったな。ま、メスガキよりは頑丈だろうし、その分いろんなプレイが楽しめるってことか」 「いくら中出ししても面倒はありませんからね」 「違いねぇ」  後ろの二人と楽しそうに話しながら、男の人がニヤニヤしたまま乳首を摘んだり引っ張ったりしている。藤也(トウヤ)さんみたいに優しくないし気持ち悪くてしょうがないのに、そうされるだけで俺の体は勝手にビクビクした。そんな自分が気持ち悪くて吐きそうになる。 「ハハッ! こんな状況なのに勃起させてやがる。とんだガキじゃねぇか」  男の人に言われて、ゆっくりと自分の股間を見た。吐きたいくらい嫌なのに、俺のちんこはどうしてか大きくなっていた。そんな自分が嫌で嫌で本気で吐きそうになる。  乳首を潰すみたいに強く握った男の人が、ニヤニヤしながら立ち上がった。嫌な予感がしたけど、顔を上げて男の人を見るなんてできるわけがない。 「……っ」 「靴でいじられても感じるとか、こいつMじゃねぇか」 「そういうのも売れ筋らしいっすよ」  ちんこを靴でグリッてされた。 (怖い……っ)  怖いのがいっぱいになって痛いのかどうかもわからなかった。それなのに、靴でちんこをグリッてされると体が勝手にビクビクしてしまう。そんな自分が嫌で嫌でしょうがなくなる。 「さて、次はケツの具合を見るか」 「……っ!」  男の人の声に、違う意味でビクッとした。具合を見るってことは、触るってことだ。 (嫌だ! 触るな!)  触られたくなくて逃げようとしたけど、後ろにソファがあって逃げられない。 「逃げてんじゃねぇぞ。つーか、逃げられるはずねぇだろ。おら、さっさと股開いてケツ見せろ」  ニヤニヤ笑いながらしゃがみ込んだ男の人が俺の足に触った。足を握って、無理やり広げようとしている。 (嫌だ、嫌だ、絶対に嫌だ!)  俺は必死に足をバタバタ動かした。 「チッ、面倒臭ぇガキだな。おい、左足押さえてろ」 「っす」  必死に動かしていたのに簡単に捕まってしまった。右足は目の前の人が押さえて、左足は後ろに立っていた人が掴んでいる。そのままグイッと思い切り広げられた。 「まだ縦割れはしてぇねのか。だが、使ってるって膨らみ方だな。こりゃあ、そこそこ仕込まれてんなぁ」 「なんか、エロいっすね」 「女に比べりゃ準備が面倒だが、ケツはいいぞ?」 「え? ヤッたことあるんすか?」 「おまえヤッたことねぇのかよ。おまえは?」 「女も男もありますぜ」 「なんだよ、おまえまでヤッたことあんのかよ。んなにいいのか?」 「俺は割と好きだな」 「女よりイイって名器もあるくらいだしなぁ。オレが終わったら、おまえもヤッてみるか?」 「マジっすか!?」 「ケツマンコって言うくらいだ、仕込まれてんなら女のより具合はいいだろ」  俺はガタガタ震えているのに三人は楽しそうに話している。話している内容も理解できる。わかっているのに怖くて動けない。 「引き出しのやつ持ってこい」  後ろにいる人が何かを取り出して、それを目の前の男の人に渡した。たぶんお尻に塗るやつだ。俺は男だからジェルとかを塗らないと入れられないんだって藤也(トウヤ)さんが教えてくれた。  目の前の人は、俺のお尻に何か塗ろうとしている。それから、お尻にちんこを入れようとしているに違いない。 「……っ!」 「おー、結構柔らかいな。こりゃあ昨日もお楽しみだったって感じか?」 「っ、っ、」 「奥のほうも柔らかいってことは、……あー、こりゃ結腸まで突っ込んでるかもしんねぇなぁ」 「っ、っ、っ!」 「ほぉ、前立腺がもうぷっくりだ。こりゃあ本格的に仕込んでんなぁ」  グジュグジュした音も、お尻の中をあちこちいじられるのも気持ち悪い。いつもならビリビリして気持ちがいいところも、グニュグニュして気持ちがいい奥のほうも、何もかもが気持ち悪くて吐きそうだった。  目の前の人が「ただの痩せたガキだと思ってたのになぁ」って笑っている。左側で足を掴んでいる人が「メスガキと変わらないっすね」って笑った。後ろで立っている人が、俺にスマホを向けて何かしている。  何もかもが気持ち悪かった。気持ち悪くて吐きそうで目の前が真っ赤になる。 「い、やだ、さわ、な、嫌だ、触るな、嫌だ……!」  事務所に押し込まれて、初めて声を出した。嫌で嫌で、気持ちが悪くて、吐きそうで、ガマンできなかった。  なにより藤也(トウヤ)さんじゃない手に触られるのが死ぬほど嫌だった。吐きそうで、死ぬほど嫌で、目を瞑ったまま必死に嫌だって叫んだ。叫んでいるのか泣いているのかわからない声になっても、必死に嫌だって叫び続けた。  ガシャン。  少し離れたところで、大きな音がした。……これは何かが壊れる音だ。今度は何かがぶつかる音がした。  必死に瞑っていた目を、ゆっくり開けた。スマホを持っていた男の人が、いない。左足を掴んでいた人も、いない。俺のお尻をいじっていた人もいなかった。 「おまえは、紫堂んとこの狂犬、……ぐがっ」 「汚い口を開くな」 「ひっ、な、なんでおまえが……。こんな、ガキのために、なんでおまえが出てく、」 「黙れ」  離れたところにスマホを持っていた人が倒れている。俺の左足を掴んでいた人も、その隣で仰向けに転がっていた。  俺のお尻をいじっていた人は、目の前で顔を蹴られた。何か言おうとしているけど、口が変なふうに曲がっていてパクパク動いただけだった。 「遅くなった」  目の前に金髪の人が来た。ボスの後ろにいた人だ。 「静流(シズル)!」  両手を縛っていた紐を金髪の人が取っていると、壊れたドアのほうから声がした。いつもならホッとするかっこいい声が聞こえたのに、どうしてか俺の体はビクッてしてしまった。 「……外で待っていてくださいと言ったはずですが」 「うるせぇ、ここまで来てんのに待ってられるか!」  ズンズン近づいてくるのは、テレビで見たときと同じスーツを着た藤也(トウヤ)さんだ。藤也(トウヤ)さんが、怖い顔で近づいてくる。そうして怖い顔のまま目の前にしゃがみ込んだ。  怒られる……! そう思った。俺は部屋から出たらダメなのに、雑誌がほしくてすっかり忘れていた。しかも、仲が悪い事務所の人にも捕まって事務所に押し込められてしまった。  きっと迷惑をかけた。藤也(トウヤ)さんにも、金髪の人にも、ボスにも、迷惑をかけてしまった。 (怒られる……!)  ギュウッと目を瞑った。藤也(トウヤ)さんに怒られると思ったら、それだけで怖くて体がカタカタ震える。  怒られるのが怖い。……違う。怒られるのも怖いけど、嫌われるんじゃないかと思った。ダメだと言われたことをして、迷惑をかけて、もう部屋には置いておけないって言われるんじゃないかと思って怖くなった。 (怖い、怖い、怖い……!) 「怖かったな」  ぎゅうって抱きしめられた。抱きしめているのは……藤也(トウヤ)さんだ。背中をゆっくり撫でてくれる。優しく撫でながら「怖かったな」って、「もう大丈夫だ」って言いながら、またぎゅうって抱きしめてくれた。 「……ト、ヤ、さん、」 「もう大丈夫だ。もう怖くない」 「藤也(トウヤ)さん……っ」 「大丈夫だ」  俺もぎゅうって抱きついた。いろんなことが怖くて、ぎゅうぎゅうに抱きついた。  嫌われたのかと思った。でも藤也(トウヤ)さんは抱きしめてくれた。さっきまであんなに怖くて気持ち悪くて吐きそうだったのに、平気になった。藤也(トウヤ)さんがいるから、もう怖くない。 「ボスに連絡をしました。後の処理はこちらでしておきます」 「わかった。……(アオイ)、ちょっと待ってろ」  藤也(トウヤ)さんが離れていく。温かくて大きな藤也(トウヤ)さんの体が離れたら、また怖くなった。  でも、待ってろって言われたからちゃんと待たないといけない。言うこと聞かないと、藤也(トウヤ)さんに嫌われてしまう。  カタカタ震える体を自分でぎゅっとした。怖くて震えてしまうのを、自分でぎゅうぎゅうに抱きしめる。 「(アオイ)の体に触ったのはこいつか」 「三玄茶屋(さんげんちゃや)の五番手ですね。ここともう一つを根城にしてたようです」 「なんだ、下っ端じゃねぇか」 「五番手ではありますが、会長の愛人の子どもだそうですよ」 「なるほどな。ジジィのおかげで好き勝手してたってボンボンか」 「藤也(トウヤ)さん!」  金髪の人が急に大きな声を出した。びっくりして藤也(トウヤ)さんを見たら、俺のお尻をいじっていた人のお腹をすごい勢いで踏んづけていた。  聞いたことがない音がして、聞いたことがないような声がした。お腹のあと、右手を二回踏んづけた。何かが潰れるような音がして、やっぱり聞いたことがない声がした。それから、変な形になっている顎をピカピカの靴で蹴った。折れるような壊れるような音がして、今度は聞いたことがないような声はしなかった。 「藤也(トウヤ)さんが直接手を出すのは困るんですが」 「うるせぇ。さっさとこいつらを潰せねぇ藤生(フジオ)が悪いんだろうが」 「それはごもっともですが、……いえ、これだけで済んだのなら、まだマシだったってことですか」 「紫堂の狂犬が何言ってんだ」 「俺はもう狂犬じゃありませんよ」 「あー、わかってるよ。おまえが狂犬になるのは、藤生(フジオ)のためだけだろうからな」 「あなたこそ、ソウくんのためなら昔の片鱗を見せるってことですね」 「片鱗もクソもねぇだろ」 「たしかに。昔のあなたなら、とっくに殺してますか」 「おい、(アオイ)の前で物騒なこと言うなよ」  ちょっと怒ったような顔をした藤也(トウヤ)さんが戻ってきた。ギュッとしている俺の腕ごと抱きしめてくれる。それからちょっと離れて、今度はスーツの上着を俺にかけてくれた。 (……そっか、俺、裸だ)  上着をかけられて、靴しか履いていなかったのを思い出した。こんな格好は恥ずかしいはずなのに、いまは藤也(トウヤ)さんにくっついていたい。だから両手を伸ばして藤也(トウヤ)さんの首にぎゅっと抱きついた。 「表も裏も大丈夫だそうですから、早く出てください」 「わかってる。あぁ、そっちに転がってるスマホ、ぶっ壊してデータの行方も壊しとけ」 「わかりました。他には?」 「その三人、殺すなよ」 「というと?」 「どんな穴でもいいからほしいって輩はどこにでもいる。中東あたりじゃ傭兵の性欲処理用の穴が足りねぇって話だ。売れば飯代くらいにはなるだろ」 「わかりました。手配しておきます」  ぎゅうって抱きついていたら、体がふわっと浮いた。……よかった、置いていかれるんじゃないんだ。嫌われたんじゃなかった。それが嬉しくて、俺は一生懸命藤也(トウヤ)さんに抱きついた。  藤也(トウヤ)さんは俺を抱き上げたまま事務所から出て、大きな車に俺を乗せてくれた。それからあのビルに戻った。  部屋に入るとすぐにお風呂に入れられた。そうして全身を優しく洗ってもらった。髪の毛も顔も耳の後ろも足の指も、藤也(トウヤ)さんの手が優しく撫でるように洗ってくれる。それからお尻とお尻の穴と、ちんこも洗ってくれた。そのあと、オレンジジュースみたいな匂いの湯船に入れられた。 「ちゃんと五十数えろよ」  そう言って藤也(トウヤ)さんが出て行った。 (……スーツ、大丈夫かな)  ぼんやりとそんなことを思った。俺を洗っているとき、藤也(トウヤ)さんはスーツを着たままだった。きっと泡がついただろうし濡れたはずだ。  お風呂から出ると、フカフカのタオルを持った藤也(トウヤ)さんが待っていた。そうして無言で俺の体を拭いてから、タオルをクルッと巻いて抱き上げる。そうして向かったのは寝室だった。

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