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HAPPY HALLOWEEN!

 尾上さんはゲームが好きだ。  家でもよくゲームをしているし、ゲームセンターにも行く生粋のゲーム好きで、俺と尾上さんが出会ったのもゲームセンターだ。  最近のゲームにはオンライン対戦がつきもので、尾上さんも俺もニックネームを持っている。  俺は『マツケン』。なんのひねりもない名前だ。  元々俺はあまりゲームをしない。だから、尾上さんと初めて話をした時も馬鹿正直に本名を名乗っていた。今でも尾上さんとは名前で呼び合っているが、ゲームセンターの他の常連とはニックネームで呼び合っている。  そして、尾上さんのニックネームはというと。 「おかえり、オオカミさん」 『おがみ』を文字って『オオカミ』さん。二人揃って芸がない。  俺がいつもと違う呼び方をするものだから、仕事から帰ってきたばかりの尾上さんは少しだけ眉をひそめ、いぶかしげな表情でこちらを見つめている。 「お前までその呼び方するなよ……」 「まあまあ、いいじゃないですか」  今日は10月31日、ハロウィンの日だ。  正直なところハロウィンが何なのかよく分かっていない。都会の大規模な仮装パレードのイメージがあるけれど、昔はもっと違ったイベントだった気もする。  今となってはどちらでも良いが、お祭りときたら参加するしかないだろう。  俺は今日という日のために、尾上さんのコスプレ衣装を選別していた。尾上さんは女装を嫌がるけれど、コスプレ自体は嫌ではないらしい。それなら、メンズ用の衣装を用意すれば、嫌がらずに着てくれるかもしれないと思ったのだ。  ちょっとした実験である。身も蓋もない言い方をすれば、ただの下心なのだが。  早めに仕事を終え定時に急いで帰り、もろもろの準備を終えたあたりで、ちょうど尾上さんが帰ってきた。 「今日は何の日ですか。尾上さん」 「何の日……? 十月最後の日だから、俺の誕生日はちょっと早いな」  尾上さんは軽く首を捻っていた。ピンとこないらしい。 「今日はね、ハロウィンなんですよ」 「あー、そういやそんなんあったな」  尾上さんはスーツのジャケットを脱ぎながら、興味なさそうに相槌を打っている。  靴下を片方脱いだあたりで、何かに気が付いたのか、俺の方に向き直った。 「……お前また、余計なこと考えてるんじゃないだろうな」  眉間にしわを寄せ、こちらの様子をうかがっている。さすが、俺のことをよく分かっている。 「余計なことってなんですか」 「俺に仮装させようって魂胆だろ。お前の考えることなんて、だいたい分かるぞ」  尾上さんは腕を組んで勝ち誇ったように言う。靴下を片方履いたまま。  交際してから半年、友達の期間も含めれば三年ほどの付き合いだ、尾上さんも俺という人間を理解してきたらしい。こういうお祭りごとに、あの高松が乗らないわけがない、とたぶんそう思っているのだろう。 「言っとくけど、メイド服だの……そういうのは絶対着ないからな」 「大丈夫ですよ。女装じゃないんで」  俺は今日という日まで自室に隠していた段ボールを、ダイニングテーブルの上に置いた。その中からビニール袋に入った衣装の一つを取り出す。今日のために、尾上さんに着てもらうために買ったものだ。  尾上さんは明らかに身構えている。俺も随分と信用がないものだ。 「じゃーん! 狼の耳」  まず尾上さんに見せたのは、狼の耳だ。  ふわふわとした耳のついたカチューシャを見せると、警戒していた尾上さんから力が抜けたのが見て取れる。  履きっぱなしだった靴下を脱いで、ワイシャツのボタンを外し始めた。 「どうしました? もっとちゃんとしたやつが良かった?」 「なんというか……良くはないんだけど、まあ耳だけならいいかって思った。俺も毒されてるな」  尾上さんは脱いだ衣服を洗濯機に放り込み、 一度自室に戻ってしまった。  本当は俺だって尾上さんに丈の長いメイド服とかスリットの深いチャイナドレスとか、そういう可愛いのを着せたいよ。でも、尾上さんは絶対に嫌がるから妥協しているんだ。  ギリギリ許されるラインを狙って、そしてたどり着いたのが、この狼の耳。 「で……なんだって。狼の耳?」  リビングに戻ってきた尾上さんはダイニングテーブルに着いた。 「オオカミさんの耳」 「あ……? それでさっき、そんな呼び方してたのか」    尾上さんは『オオカミ』さんと呼ばれているし、狼男ってなんだかハロウィンっぽい気がする。狼男がこんなに可愛いわけはないけれど。 「狼の耳か……これ着けたらお前は嬉しいもんなの?」 「それはもう」    とても嬉しいです。 「ふーん。変な奴」    尾上さんはあまり納得がいっていないようだが、俺の持っていた狼の耳を奪い取り、自分の頭に装着した。 「これでどうだ?」  ……か、可愛い。    尾上さんの頭にふわふわの耳がある……! 「こんなのが良いのか? 遊園地に売ってる……あれ、なんていうんだっけ。そうだ、カチューシャってやつと一緒じゃないのか」 「確かにそうかもしれませんけど、尾上さんが着けてることに意味があるんですよ!」  尾上さんはふわふわの耳を頭に着けたまま、首を傾げている。俺が喜ぶからやっているんだと思いたくなるくらいにはあざとい。二人のときで良かった。こんな可愛い姿、他の人には見せられない。 「他のも着てくれませんか? ちゃんとメンズなんですよ」 「……まあ男もんなら考えてやってもいい」  尾上さんの許可も出たことだし、段ボールの中から他の衣装を取り出した。  ──うまくいった。確かに狼の耳も可愛かったけれど、今までのは前座だ。ジャブ。尾上さんのコスプレに対する厚い壁を壊すための第一歩にすぎない。  俺はまた一歩踏み込む準備も出来ている。これを繰り返していけば、いつか尾上さんがスリットの深いチャイナドレスを着てくれるのだと信じて。 「これどうですか? キョンシー」  お札を貼り付けた帽子に、武道の達人が着ていそうなチャイナ服(?)だ。なんとなく可愛いと思って買ってみた。 「俺を何と戦わせるつもりなんだ。こんなんで喜ぶなんてよく分かんねえなあ……」  尾上さんは衣装を手に取って眺めている。  嫌がってはいないと思う。このまま押したら本当に着てくれるんじゃないだろうか。 「着てくれませんか? ダメ……?」  年下の恋人、いや、他ならぬ俺からのお願いだ。  尾上さんはたいして考える素振りも見せず、いいよと簡単に言ってみせた。 「これなら別に着てやってもいいけど。そういや、お前はなんも着ないの?」 「一応用意してありますよ。これ、ドラキュラ」   せっかくのお祭りなんだからと、俺の分も買っておいた。長いマントはもちろん、胸元の白いヒラヒラまで着いてきた。 「なんでお前だけそんなかっこいいやつ着ようとしてんの? 俺にもかっこいいやつは?」  尾上さんは眉間に皺を寄せている。キョンシーよりもドラキュラの衣装が着たいようだ。 「お……まだなんか入ってる。魔法使いとかないの? フードの着いたローブとか被ってさ、硬そうな木の杖持ってそうなの」 「あ、ちょっと、もう無いから! そっちは見ちゃダメ!」  俺の制止は間に合わず、尾上さんは段ボールの中に手を突っ込んでしまった。  中身を取り出し、ブツを確認した尾上さんは肩を震わせている。やべー、見られちゃった。  中に残っていたのは、狼のふわふわのしっぽ……がついたアナルプラグ。初めに開封した時に隠しておけばよかったと心底後悔した。 「お、お前……これ、アダルトグッズじゃねーか!」 「いやその、違う……違うんですよ」 「何が違うんだ? これはケツにいれるやつだろ」  尾上さんにすごまれて、追いつめられてしまう。ここから体制を立て直せる気がしない。 「結局やらしいことばっか考えてるんだな」 「いや、そんなわけじゃ……」 「じゃあ、これはなんて言い訳するんだ?」  尾上さんは取り付く島もない。どんな言い訳をしたって信じてくれないだろう。  それならもう、嘘をついて誤魔化したりするのは悪手で、本当のことをぶちまけるしかないんじゃないかと、俺は馬鹿な考えに至ってしまったのだ。 「すいません。オオカミさんを本物の狼にして、焦らして焦らしていっぱい責めるつもりでした。キョンシーも可愛いと思うけど、本当はスリットの深いチャイナ服とか丈の長いメイド服とかも着てほしいんです! できればバニースーツも見たくて……! スラッと長い足をローアングルから覗きたいし、胸元にチップを挟ませてくれませんか? いくらでも払うんで」  顔を真っ赤にしてわなわなと震える尾上さんを見て、俺は思った。  ……あ、やべ。言い過ぎた。

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