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尾上さん、見抜きさせて!
風呂上がりの高松がタオルで髪を乾かしながら、リビングに入ってきた。
「尾上さん、上がりましたよ」
パンイチの高松は流行りの歌を口ずさんだりして、明らかに気分が良さそうだ。おそらく、この後の営みを楽しみにしているのだろう。
もしそうだとしたら、あまりにもバツが悪い。何を隠そう、今日はセックスに乗り気ではない。
「あのさ、言わなきゃいけないんだけど」
「どうしたんですか?」
「ごめん……今日はしたくない」
おずおずと話を切り出す。
すぐに断りを入れたのは、俺のせめてもの優しさだと思ってほしい。高松に余計な期待をさせたくなかったのだ。
「そんな〜……なんでですか!」
「気分?」
特に深い理由はない。高松には悪いと思っているが、気分としか言いようがない。
セックスをするタイミングは曜日と時間でなんとなく決まっている。嫌でも意識させられて、いつも俺はその気になってしまうけれど、今日は違った。
高松は明らかにしょぼくれた顔をして落ち込んでいた。捨てられた子犬……いや、大型犬のようだ。
「もしかして俺に飽きたんですか? これがマンネリってやつ……?」
「違うよ。お前のことは好きだし、いつも気持ちいいけど、今日はちょっと無理かも……」
高松とのセックスは気持ちいいし、求められていると思うと嬉しくなる。けれど、今日は与えられる快楽を受け止めきれないし、たぶん、腰もいわしてしまう。そんな気がする。
「俺はどうすれば良いんですか〜」
高松はがっくりと肩を落とし、本当に悲しそうな顔をするものだから、罪悪感に苛まれてしまう。
「ご、ごめん……」
手コキくらいしてやった方が良いのだろうかと悩んでいると、高松が突然大声を上げた。
「そうだ! 尾上さんオカズに抜いていいですか?」
「……は?」
俺は耳を疑った。こいつは何を言っている?
それは本人を前にして言うことなのだろうか。
「見抜きさせて……そうじゃないと俺、尾上さんのこと襲っちゃいそう」
俺を襲うと宣言した高松の鼻息は荒い。どうしてそんな発想になるのか、なにに興奮しているのか、俺には分からないし、怖い。
「み、見抜き?」
「尾上さんを見ながら一人で抜きます」
「お、俺が目の前にいるのにそれでいいのか? なんか、すごい必死だな……」
「そりゃ、溜まってるからですよ……。先週もできなかったし。尾上さんは何もしなくて良いから、お願いします……俺を助けると思って」
流石の俺でもこいつが変なことを言っているのは分かる。高松が変になるのはいつものことだが、今回はいつにも増して変だ。
先週もセックスをしていない、溜まっていると言ったって、目の前で俺をオカズに抜くなんて、とんでもないことを言い出すんだから。
相手が恋人とはいえ抵抗がある。しかし、気分が乗らないと曖昧な理由で断ってしまったから、強く出るのも可哀想な気がする。
……まあ、別に許してやってもいいか。
どこの馬の骨かも知れない輩なら蹴り飛ばしてやるところだが、相手は恋人なのだ。
「仕方ない奴だな……本当に何もしなくて良いんだな?」
高松の表情がパッと明るくなったのを見て、少し嬉しくなる。我ながらチョロいと思った。
「良いんですか! 尾上さんは本でも読んでてくれれば、あとは俺が勝手にするんで」
俺は眉間に皺を寄せ、首を捻りながら頷いた。
勝手にするってなんだよ。とりあえず了承してみたものの、イマイチ納得しがたい。俺にはよく分からない。
身体の側面を下にして、ベッドにパンイチで寝転がり、ずっと読みたかった本に目を通している。
「ん……はぁ、尾上さん」
けれど、集中出来るわけがない。本でも読んでいろと言われたから、馬鹿正直に従っているが、目の前で自慰にふけっている奴がいるというのに、呑気に本など読めるものか。荒い吐息混じりに自分の名前を呼ばれると、どうしても気になってしまう。
「は……ん、可愛い」
どうにもソワソワしてしまう。こんなに居心地の悪いことが他にあるのだろうか。しかし、許可してしまった手前、今さらやめろとも言えない。
チラチラと高松を盗み見てしまう。
高松は本当に俺を見ながらペニスを扱いていた。胡座をかいて、おそらく、いつもと変わらない自慰をしているのだろう。
高松は俺とのハメ撮りで抜いているらしいから、結構な頻度で俺をオカズにしているのかもしれない。そう思うと、急に恥ずかしくなってきた。
俺は高松にそういう目で見られているのだと、改めて自覚した。
恋人の身体に興奮するのは分からなくもないが、それがダサいトランクスを履いた貧相な身体の男でも、高松は興奮するらしい。
高松の視線を追ってしまう。高松は俺のどこをいやらしいと思っているのか気になってしまって。
──いや、信じたくないだけで本当は知っている。高松は俺の身体のほとんどを『エロいもの』だと思っている。乳首や性器はもちろん、太ももや首、唇も。指がエロいと直接言われたこともある。きっと、よく分からないパーツも良いと言うのだろう。
「高松、やっぱりこんなことやめ……」
恥ずかしくて、居ても立ってもいられなくて、思わず声を上げた。
「……あっ」
──目が合ってしまった。急いで視線を落としても、目の前の活字は意味を持たない模様としか認識されず、理解出来なくなっていた。本に齧り付くフリをして、つられて荒くなった息を整えようとする。
「はぁ……尾上さん。好きだよ」
静かな室内に高松の吐息と、ぐちゃぐちゃと水音が響いている。
先程の高松の顔が忘れられない。いつもは見せない真剣で力強い雄の顔。情事の時にだけ見せる、俺しか知らない顔だ。鋭い目をして、瞳の奥で青い炎が揺れている。
そして、その視線の先にいるのは──俺。紛れもなく俺だ。
「尾上さん、エロ……乳首ピンピンで美味しそう」
そう言われて自身の乳首を確認してしまう。確かに触ってもいないのに勃ち上がっている。なんて浅ましい身体なんだ。
身体の内側がじくじくと疼く。
「お腹舐めたい……臍にたまった尾上さんの潮飲みたい……」
「は……お前何言ってんだ」
とんでもないことまで言われ始めて、どうしたら良いのか分からない。身体の熱は引いてくれない。
いつの間にかペニスは首をもたげ、パンツはテントを張っていた。
こんなに主張が強ければ、誰でも異変に気がついてしまう。目の前の高松は俺の下腹部を見つめていた。
「尾上さんも勃ってる」
「馬鹿。そりゃ勃つだろ。こんな……恥ずかしいこと」
見られて辱められていると、身体が熱くなっていく。内に秘めた欲を無理矢理引きずり出され、どうしようもなく興奮してしまった。
俺もたいがい変態なのかもしれない。
「どうしてくれんだよこれ。責任取れよ……」
高松に擦り寄り、肩に手を置いてそのまま口付けた。今は触れるだけに留めておいた。
「でも、今日は気分じゃないんですよね?」
高松だって肩で息をしている。興奮して余裕なんかないくせに、意地悪ばかり言う奴だ。
何もしなくていいなんて、大嘘じゃないか。
「……無理矢理その気にさせといて、よく言うよ」
俺は嘘つきの高松と唇を重ね、今度は深くキスをした。
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