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第13話:聖夜に囁いて②
12月17日
困った。高松に贈るクリスマスプレゼントが分からない。
一年を締めくくる師走。年末に向けてどこも忙しい時期だ。元々季節のイベント事に疎いのもあり、高松に言われるまでクリスマスの存在を忘れていた。『欲しいものありますか』と聞かれて、特にないと言ったら困った顔をしていた。その反応が不思議で、何かの記念日だったかなと不思議がっていたくらいだ。
俺も何が欲しいのか聞いておけばよかった。正直、何も分からないのだ。高松が欲しいものも、クリスマスプレゼントの定番も。こういう時は何を買えばいいんだ。昔はクリスマスの時に何してたっけ? 全然思い出せない。
高松は身につける物にこだわりがある方だ。財布や香水は特に気に入った物があって、スニーカーに関しては、趣味で好きなブランドの物を集めている。マフラーは新しい物を持っているし、アクセサリーもあまり着けない。それっぽいプレゼントが贈れない。
高松の誕生日も同じように悩んでいた。つまり、俺はなにも進歩していない。
その時のことを思い返してみると、準備期間が短かったとはいえ『プレゼントは俺!』はないだろう。苦肉の策とはいえ、42にもなって俺は何をやっているんだ。
余計なことを思い出して憂鬱になる。俺はどうしたらいいんだ。
クリスマスまであと一週間。
頭で考えて何も浮かばないのなら、調べるしかない。仕事の息抜き(サボっているとは言わないでほしい)も兼ねてネットサーフィンだ。
検索ボックスに『クリスマスプレゼント』と打ち込んで、ちょっと迷ってから『彼氏』と付け足した。
一番上のよくあるまとめページを開いて目を通す。
やはりマフラーや財布、身につける物が一般的だろう。それならネクタイピンはどうだろうか。いや、高松がネクタイピンをしているのは見たことがない。
ページをスクロールしていくと、グラスやタンブラーの項目が目に入る。ペアの物もあるらしい。
これならプレゼントとしては申し分ない。高松はハイボールが好きだから、タンブラーとウイスキーはどうだろうか。ウイスキーなら長く飲めるし、良い物ならちゃんとしたプレゼントになる。一緒に飲めたら、俺も高松も楽しいだろう。
ブラウザを閉じて仕事に戻った。そうと決まれば、帰りに酒屋にでも寄って帰るか。
定時を少し過ぎた頃、会社を出た。
出来ればクリスマスプレゼント用が良いけれど、そういう時はやはり洒落た店の方が良いのだろうか。とりあえず駅の方に行ってみる。
地酒を売りにした酒屋に入った。昨年新しく出来たビルの二階にある店だ。駅の隣にあって観光客も訪れるからか、雰囲気はオシャレだ。
ワインや日本酒もあったが、両方とも高松は飲めないし、ウイスキーの棚を見てもどれが良いのかさっぱり分からない。
俺はウイスキーでも日本酒でも、何でも飲めるかわりにこだわりがない。さすがに美味い不味いくらいは分かるけれど、飲めるものなら何でも飲む。
考えてもよく分からない時は素直に店員に聞くのが良い。
「すみません」
俺は近くの店員に声をかけた。
「はい。どうされましたか?」
「あの……プレゼントにしたいんですけど、ハイボールにしても美味しいウイスキーってありますか」
「ハイボールでしたら……こちらはいかがでしょうか。癖が少ないですし、ハイボールでも飲みやすいと思いますよ」
プレゼントにも出来そうな、そこそこの価格帯のものを二、三オススメしてもらった。高松が気に入るような、癖が少なく飲みやすい物がいい。それでいて特別感のある、一つ良さげなものが目に付いた。
……これがいいな。即決で購入した。
ついでに目に付いたクリスマスビールも買っておいた。これは俺が飲みたいだけだ。
あとはペアのタンブラーだろうか。これに関しては、酒以上にどれを選べば良いか分からない。ステンレスのタンブラーなんて、居酒屋でレモンサワーを頼んだ時にしか見たことがない。物にこだわりがないとこういう時に困るのだ。
とりあえず、隣の駅ビルにでも行くことにした。ふらふらと覗いて、気に入るものがあったら買えばいい。
ビルの中に入り、エスカレーターで五階に行く途中、俺は考えていた。
今まで特に気にもしていなかったが、『ペア』タンブラーを買うつもりだったのか、俺は? 当たり前のように俺の分も、お揃いで。
──いやいや。ネットにそう書いてあったから、それを鵜呑みにしているだけだ。別に付き合いたてのカップルみたいな、浮かれている感じではない。……本当に。
バラエティショップの正面には広めのスペースにクリスマスプレゼントのコーナーが設けてあった。クリスマスらしいパッケージのお菓子、ハンドクリーム、マグカップ。その中にタンブラーもあった。脇のポップには『お酒が好きなあの人と!』と、可愛らしい文字で書かれている。
まさにこれじゃないか。
次に来た時、残っているかどうかも分からないし、考えが変わらないうちに買ってしまおうと直感的に思った。こういう時は即決が俺のモットーだ。
ペアタンブラーを購入し、せっかくなので綺麗にラッピングしてもらった。
なんだか気分が良い。いい買い物をしたからだろうか。ショップバッグを持って車に乗り込み、クリスマスソングを口ずさみながら駅ビルのパーキングを抜け出した。
12月24日
クリスマスイブ。今年一番冷え込んだ朝だった。
高松にオススメされた足首に香水をつけてみた。高松に貰った香水が足元から香る。
甘い香りがしたと思えば、タバコのようにスモーキーな香りが追いかけてくる。そして、深みのある香りが花のように柔らかくなっていく。高松に選んでもらった物だが、俺自身も気に入っていた。香水に興味はなかったはずなのに、これならつけたいなと思うようになった。
いつだって高松は俺の世界を広げてくれる。この年になっても知らないこと、初めてすることばかりで毎日が新鮮だ。
高松にはずっと感謝しているんだよ。
「あ、尾上さんお疲れ様」
「高松もお疲れ様」
同じような時間に仕事が終わったから、近所のスーパーで落ち合った。ちょっとしたパーティーをしたくて、酒のつまみとケーキを買いに来た。
酒はもう用意してあるが──高松にクリスマスプレゼントは内緒にしてある。
酒のことは俺に任せろと高松を惣菜コーナーに送り出し、炭酸水といつも飲んでいるビールをこっそり買い足した。
「尾上さん。生ハムとローストビーフ、どっちが良いですかね?」
高松がフライドチキンを買い物カゴに入れた。プラスしてどちらを買うか迷っているようだ。
「そういうのは、迷ったら両方買うんだよ」
高松は笑って、生ハムとローストビーフの両方をカゴに入れた。
あとはケーキを買えば良いだろう。俺はあまり甘ったるい物が好きではないから量は食べられないし、ショートケーキで十分だ。
「尾上さんはチーズケーキが良いんですよね?」
「そうだな」
クリスマスのラベルが付いたチーズケーキとショートケーキをカゴに入れた。
外はちらちらと雪が降り、手足はすっかり冷えきっていた。小走りで急いで家に入る。
リビングの照明を点け、ダイニングテーブルに買い物袋を置いた。室内が温まるまでたわいもない話をしながら、ファンヒーターの前でふたり肩を並べていた。
「今日は雪降る予報じゃなかったのにな。あー……寒い」
高松はさりげなく手を握ってきた。冷たかった手はほんのりと暖かくなっている。俺もそっと握り返した。
「ホワイトクリスマスになっちゃいましたね」
雪の降る、ロマンチックなクリスマスか。元々イベンドに疎いこともあって、あまり気にしてこなかったけれど、高松との思い出が美しく彩られるのは嬉しい。俺もこの後、クリスマスをうまく演出できるだろうか。
──高松は、喜んでくれるかな。
「……高松。ちょっとあっち向いてろ」
「はーい」
高松は律儀に俺に背を向けた。何かを察したようで、ソワソワしているように見える。
俺は急いで自室に隠していたショップバッグを持ってきた。中にはラッピングされたタンブラーとウイスキーが入っている。
俺がもういいぞと言うと、ウキウキの高松はテーブル上のプレゼントに目を輝かせていた。
「これ、クリスマスプレゼントですか? 開けていい?」
俺が頷くと、高松は包装紙を開け始めた。丁寧に大切に開けていくから俺まで緊張してしまう。
「……これは、タンブラーとウイスキー?」
「そうだよ。今日はこれで飲もう」
少しオーバーじゃないかと思うくらい、高松は喜んでくれた。ニコニコ顔の高松を見ていると、嬉しくて俺まで頬が緩んでしまう。
高松が家を出てから、こっそり冷やしておいたクリスマスビールも冷蔵庫から取り出した。
「お前ハイボール好きだろ。だからウイスキー買ったんだ。ついでにビールも」
「これ、良いウイスキーなんですよ!」
値段からなんとなく察してはいたが、それなりに良い物らしい。
「そこまで詳しくないけど、美味しいやつですよ。俺には度数強すぎるからハイボールじゃないと無理ですけど、尾上さんならロックとか、ハーフロックも良いと思います」
「じゃあ、それで飲んでみるわ」
やっぱり店の人に聞いておいて正解だった。高松も喜んでいるみたいだし。
「つまみ用意して、早く飲みましょ!」
高松に急かされて、先程購入した惣菜類をテーブルに並べていった。
俺はクリスマスビールというものを初めて飲む。赤を基調としたクリスマスらしい缶からグラスに注ぎ、乾杯した。
「かんぱーい」
ビールはパッケージが違うだけかと思いきや、シナモンやスパイスの香りがする。悪くない。クセがあるからか、高松はあまり好きではないようだった。
「生ハム食べたい」
「はーい。俺も食べよ」
高松はいつものビールに切り替えていた。合う合わないはどうしてもあるからなぁと、少し塩辛い生ハムを咀嚼しては納得する。
「そういえば、香水つけてますよね? さっきいい匂いして嬉しくなっちゃった」
「つけたよ。好きな匂いがするってのは、気分が上がるもんなんだな」
香水の良さなどつい最近まで分からなかったのに、これからもずっとつけ続けたいと思うほどには気に入っている。
「気に入ってくれて本当に良かったです」
「出かける時にまたつけるよ」
この前香水の話をされてから、高松の香りも気になるようになってしまった。近くにいる時、抱き合った時、『高松の匂い』がするとドキッとしてしまう。
「そういえばお前の香水も、けっこう好きな匂いするんだよな」
柑橘系のフレッシュな匂いと落ち着く木の匂い、爽やかで高松に似合うと思う。
「あれいいですよね。俺も気に入ってるんです」
「なんか甘い感じしていいよな」
「甘い……? 甘いかなぁ……」
高松が首を傾げている。俺は何かおかしなことを言っただろうか。
「それって俺のこと好きだからってのもあるんじゃないですか?」
「あ……?」
眉間に皺が寄る。考えていたから何かと思えば。それと香水と、どういう関係があるというんだ。
「好きな人の匂いって甘く感じるらしいですよ……って、そんな怖い顔しないで」
調子に乗っている気がして癪だから、とりあえず凄んでおいた。
「ふん。ウイスキー飲む」
話をそらすようにして、ウイスキーのボトルに触れる。せっかくなのでタンブラーに大きめの氷を入れた。ウイスキーを注ぎ、そこに同じくらいの水を入れて、混ぜて完成だ。これがハーフロックというらしい。
「あ、うまい」
「いいなー! 俺も飲も!」
「あ、ごめん。お前にあげたやつなのに先に飲んだわ……」
高松は気にしないでと言ってくれるけれど、プレゼントしたものを俺が先に飲んでどうするんだ。
「お、俺がお前の分作る」
せめてそれくらいはしなければと思った。
お揃いのタンブラーに氷を入れ、少量のウイスキーとたっぷりの炭酸水を注いで軽く混ぜる。ハイボールの完成だ。
高松に渡すと喜んでいた。
「尾上さんありがとう」
この笑顔が見れる、それだけのことが嬉しくて幸せだなと、ほろ酔いの頭で思うのだ。
言われるままハーフロックで飲んでいたら、酔っていると自覚できるほどになってしまった。高松は完全に出来上がっていて、ハイボールをチビチビ飲んでいた。そろそろやめておかないと明日が辛いだろう。
「ケーキ食べれないですね」
「まあ、明日もクリスマスだから」
そういえば、クリスマスケーキはいまだ冷蔵庫に入ったままだ。
高松が手元のタンブラーをちらりと見た。
「尾上さんっておそろいのやつとか使いたいんだね〜」
痛いところを突かれた。俺も少し気にしていたことだ。
「それは……俺も思ったよ。なんでペア買おうとしてんだろって。でも、これなら一緒に飲めるだろ」
俺は高松の晩酌に付き合うことも多いから、なんだかんだ正解だったのかもしれない。今も楽しいし、きっと次も楽しい。
「尾上さん……! おれ、ほんと幸せ者ですねえ」
高松は涙ぐんでいる。酔っているとはいえ大袈裟なやつだ。
幸せにしてもらっているのは俺の方だよ。ずっとずっと、人と関わるのを避けていたのに、高松は気がついたら俺の隣にいた。明るくて優しくて素直で、そんな奴だからこんな俺でも信じられる。俺は高松の存在そのものに救われているんだ。
感謝してもしきれないのは俺の方なんだよ。
「健太郎」
──好きなんだ。どうしようもなく。
「なにー? 浩之」
高松は酔いが回ってふにゃふにゃになっている。今なら、お前が俺に可愛いって言う気持ちも、理由も分かる気がするよ。
「愛してるよ」
こんなにも愛おしい。どうして、こんなにフワフワとして幸せなんだろう。
「俺も! 愛してる〜」
お前にはずっと笑っていてほしいんだ。それはきっと贅沢なことなんだけど、それでも、ずっと俺の隣で幸せでいて。
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