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甘いキスの味
この時期、デパートの催事場は物凄く混む。店内にはバレンタイン・キッスが流れ、綺麗に包装されたチョコレートが並んでいる。二月も十日になり、どこもかしこもバレンタインデー一色だ。
俺は案の定、ギリギリになってから高松に渡すチョコレートに悩んでいる。クリスマスの時も同じ失敗をしたはずなのに、全く学習していない。大勢の女性に混じってチョコレートを吟味する羽目になってしまった。
高松は人並みに甘いものが好きだ。スイーツ男子とまではいかないが、度々スーパーでプリンやアイスを買っている。
たしかチョコレートは好きだったはずだ。ナッツやアーモンドが入っているものは好きだろうか、それともシンプルにチョコレートだけの方が良いのだろうか。考えれば考えるほど分からない。
バレンタイン用のチョコレートにも種類があり、『本命チョコ』『友チョコ』等のコーナーに分かれている。本命チョコではあるんだけど、気合いの入った物を送るのは気恥ずかしい。ピンク色の箱に入ったハート型のチョコレートなんて、若くて初々しい女の子が買うやつじゃないのか。
もっと大人向けで高松に似合うものとなると、無難にブランドものが良いのだろうか。それにしても数が多いし、ざっと見ているだけでも時間がかかってしまう。
ショーケースに並んだ、色とりどりのチョコレート。シンプルなものとハート型の可愛らしいものが多い。オレンジやベリーが入ったものはカラフルでオシャレだが、高松はあまり好きじゃない気がする。『フルーティな香り』と謳い文句の入ったクリスマスビールを飲んだ時も微妙な顔をしていたし。
ぼーっとショーケースを眺めていると、カラフルな色合いに目を奪われる。六個入りのチョコレートは珍しいダイヤモンド型で、これはなかなかオシャレだなとセンスが無いなりに思った。ルビーのような赤色とゴールドのチョコレートは高級感がある。
これだ、と直感的に思った。シンプルな物よりも高松には洒落た物が似合う。そうと決まれば買うしかない。ショーケースを挟んで目当てのものを購入した。チョコレートばかりを見ていたが、箱もダイヤモンド型をしていてなかなかオシャレだ。
センスの良い買い物が出来たんじゃないかと俺は嬉しくなった。
玄関からただいまと声がする。今日は俺の方が早く帰宅して、高松の帰りを今か今かと待ち構えていた。いつになく自信があり余りすぎて、早く高松に見せたくて仕方がなかったのだ。
リビングに入ってきた高松をダイニングテーブルに着かせる。
「今日バレンタインデーだろ? だから、これ俺から」
デパートの紙袋からチョコレートの箱を取り出した。それは、まるで青いダイヤモンドのようで。
「綺麗……。ありがとう! 開けてもいいですか?」
快諾すると、高松は大事そうに箱を開けた。
「これすごいオシャレ!」
高松は洒落たものやトレンドも押さえているだろうし、この反応は鼻が高い。俺だってこういうオシャレな物を買ってこれるんだぞと思わず言いたくなってしまう。それはあまりにもダサいので言わずに飲み込んだが。
高松は金色のチョコレートを口に入れた。どうやらコーヒー味らしい。箱に添えられた紙を見ると、ミルク、ビター、コーヒーの三種類があるようだ。
「美味しい。尾上さん、ありがとう」
高松は柔らかい笑みを浮かべた。その顔が見られるだけで、俺はどうしようもなく嬉しくなってしまう。
「じゃあ、俺のも渡していいですか?」
自分のをつまみ食いしたくなったけれど、高松がくれるというので我慢する。
キッチンに消えた高松は、有名チョコレート店の紙袋を引っさげて戻ってきた。駅の中にテナントがある、俺でも知っているような有名なブランドだ。テーブルに置かれた細長い箱は綺麗にラッピングがされていた。
「尾上さんってそんなに甘いもの食べないじゃないですか。だから、お酒入ったやつ」
ラッピングを丁寧に剥がす。高級感のある黒い外箱だった。
「ウイスキー、ブランデー、シャンパンもあるんですよ」
箱の中には形も様々な十個のチョコレートが入っていた。ウイスキーやブランデーはよく聞くが、シャンパンは確かに珍しい。その中でも四角くシンプルなものを手に取り、口に入れた。噛んだところから液体が溢れ、ブランデーの香りが鼻を抜ける。ビターなチョコレートと混ざりあうと、まさに大人の味。とても美味しくて気に入った。
「美味しい……」
「良かった。口に合わなかったらどうしようかと思った」
高松はほっと胸をなでおろしている。俺は何でも食べるし、高松から貰うものなら何でも嬉しいのに。心配性な奴だ。
「美味いし、もう一個食べる」
別の四角いチョコレートを口にする。格子柄のホワイトチョコレートが表面にあしらわれたものだ。
口の中に別のアルコールが広がっていく。これはウイスキーだろうか。甘いチョコレートとよく合って、これも美味しい。
「これは、食べ過ぎるかも」
「あはは。俺も食べていい?」
高松は一際目立つ赤いハート型のチョコレートを手に取った。何故か気恥ずかしくて高松の前で食べるのを躊躇した物だ。
「尾上さん、尾上さん」
高松に手招きされ、何事かと顔を近づける。
高松は持っていたハートのチョコレートを口に入れ、テーブルから身を乗り出して俺に口付けた。高松が口の中でチョコレートを砕くとアルコールが溢れ出し、お互いの口内にじんわりと広がった。混ざりあってドロドロに溶けたチョコレートはさっきより甘酸っぱい。
「ん……なにすんだ」
「これ、チェリーリキュールなんですって。なんかえっちですよね」
目を細めて挑発するように言うから、俺の方から口付けてしまった。口の裏も舌の付け根も、舌を絡めても吸っても全部が甘い。甘くてとろけて、気持ちがいい。息の仕方も忘れて夢中になってしまった。
「尾上さんからチョコレートの味する……」
「それは、お前もだろ」
甘ったるい高松の味を思い出していた。もっともっと欲しいと思ってしまった。……離れないでほしい。
「ベッド行く?」
「……行く」
肩で息をして、小さく呟く。もっともっとキスがしたくて、高松に触れていたくてたまらない。
高松がチョコレートの蓋を閉めた。これはまた後で。
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