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第16話┋向日葵
太ももをまさぐられ、際どい場所に高松の指先が触れる。目を瞑って口付けを待っても、唇は寂しいままだ。
「尾上さん」
耳元に息を吹き込まれ、反射で身体が震えてしまう。耳たぶにぬるりとした感触があり、そのまま口に含まれたのだと分かった。
「う……んっ」
さっきからリビングのソファで、腰を抱かれてちょっかいをかけられている。テレビで映画を見ていただけで、どこで高松のスイッチが入ったのかはよく分からないが、優しく俺の身体を触ってくる。
「覚えてますか?」
俺はきゅっと目を瞑って聞き返した。
「……何を?」
「俺の誕生日」
そういえばそんな時期だなと、高松と指を絡めながら思い出していた。
俺の恋人──高松健太郎の誕生日はちょうど1ヶ月後の7月29日だ。今年で43になる。
「そりゃ覚えてるよ」
「じゃあ去年のことも覚えてますか?」
忘れるはずがない。
俺は昨年の高松の誕生日に馬鹿なプレゼントをしたからだ。
「……思い出したくない」
今考えても意味が分からなくて頭を抱えてしまう。
『誕生日プレゼントは俺!』だなんて、浮かれた新妻でもそんなことを言うだろうか?
「来年のプレゼントも尾上さんだって言いましたよね?」
こっち向いてと言われるままに高松と視線を合わせた。その瞳は欲に塗れていて、心臓が跳ねる。
高松は唇の端から端までゆっくりと舌でなぞった後、俺の薄い上唇を優しく挟み込んだ。
こんなに可愛らしいキスもいいけれど、もっと先を自然と求めるようになっていた。この一年の間に、高松は俺の生活に無くてはならない存在になっていた。
『来年の誕生日も、尾上さんを好きにできる権利もらっていいですか?』
『来年になっても、お前の気が変わってなかったら』
あの時の約束を思い出す。この先も高松と一緒にいられるのか、不安で仕方がなかった頃だ。俺に飽きるんじゃないか、もっと相応しい奴がいるんじゃないかと、そんなことばかり考えていた。だから、半ばヤケになるように余計な約束をしてしまったのだ。
「ダメですか……?」
高松は捨てられた大型犬のようにこちらを見つめている。俺はこの顔に弱い。
顔から火が出そうなくらい恥ずかしい約束だ。けれど、無かったことにするのも耐えられない。
もう、男に二言はないと腹を括った。
「……何が欲しいんだよ」
「いいんですか!」
「いいも何も……お前がそう言ったんだろ」
できないことの方が多いけれど、できる範囲で約束は守るし精一杯のことはする。
高松は目を輝かせて、俺の両手をとった。
──なんだか嫌な予感がする。
「舐めていいですか?」
「どこを……?」
「全身」
「ぜ、全身?」
耳や首では飽き足らず、どこを舐めようというのか。意味が分からない、何がいいんだと騒いでみても高松は引かなかった。そこそこ一般的な性癖だから大丈夫だと言う。大丈夫ってなんだ?
そんな宣言をされて、俺は1ヶ月間どんな気持ちで過ごせばいいんだろう。
ついに高松の誕生日当日がやってきた。
夕飯もそこそこに、俺は時間をかけてゆっくり湯船に浸かった。なんだか妙に緊張して、できるだけ長くベッドで待とうと思っていたのに高松はカラスの行水だ。全裸ですっ飛んできたから、どれだけ楽しみにしていたのだろう。
ベッドのスプリングがきしむ。視線が合って、優しく腰を抱かれていた。
「今年も尾上さん貰えるなんて、本当に嬉しいです」
大袈裟じゃないかと思う。いつも一緒にいてセックスだってしているのに、今さら俺が欲しいだなんて。
「今日だけでいいから、尾上さんの全部をください」
高松は優しく唇を触れ合わせた。何度か下唇を啄み、輪郭をなぞりながら舌を這わせている。薄く開いた口の中に舌先が入ってきたけれど、浅い所を弄んですぐに出て行ってしまった。
キスはこれだけか、と聞こうとしてやめた。高松が調子に乗るだけだ。
高松は首筋に軽く口付けてから、ギリギリワイシャツで見えない場所にキスマークを付けていた。筋に沿って一筆で舐められると大きく身体が震えてしまう。高松はそのまま鎖骨に唇を這わせ、わざと音を立てて吸い付いた。また一つ赤い跡が残る。
「ん……珍しいな」
普段はキスマークなんてつけないから興味がないのだと思っていた。
「たまにはいいでしょ? セックスしましたって言ってるみたいでやらしくて、嫌いじゃないです」
二人で何度も指先を絡めあった。爪先で関節を撫でるとくすぐったくて、まるで手でもセックスをしているようだった。触れ合っているうちに、高松は俺の左手の薬指に口付けていた。そういえばこいつはキザな奴だったと思い出して顔が熱くなる。
高松は指の力を緩め、俺の両手首を掴む。次の瞬間ベッドに縫い付けられていて、押し倒されたのだと分かった。
見下ろされると胸が熱くなる。影を落とした顔、その中に光るギラついた目が、初めてシた日を思い出させるから。
「尾上さんってやっぱ細いな」
俺の両腕をベッドに括り付けたまま高松は言う。
「こんなに白いし」
そのまま鼻先を近づけて、腕の内側に噛み付いてきた。チクリと痛みが走る。
「なにすんだよ」
「柔らかいし綺麗だったから、つい……」
俺には『つい』の意味が分からなかった。
高松はそのまま脇を舐め始めていた。確かに体毛は薄い方かもしれないけれど、毛も剃っていない脇を? 高松は今までより熱心だが、俺に良さは分からない。くすぐったいから身体をねじって抵抗していた。
「こんなとこ、舐めて面白いのか」
「んー? 皮膚も薄くて尾上さんの味がする美味しいところじゃないですか。俺はここで扱いてもいいんですよ」
「わ、脇で……なんで……?」
そんなところに擦り付けて興奮するのだろうか。高松は俺の脇をびちょびちょに濡らして満足気だった。よく分からない。
それから、あばらの浮いた肋骨を一本一本なぞるように、皮膚の硬い部分に吸い付いている。弱い力でもそんなところに噛みつかれると怖くなる。
「ちょっと痛い」
「あ、ごめんなさい……」
叱られて大型犬は落ち込んだ。
「じゃあ、ここは?」
高松は俺の腹筋を親指で軽く押した。食べる量は増えたのに、高松と違って鍛えていないから肉がついている。俺も立派な中年になってしまった。
「ぷにぷに」
「なんだよ、恥ずかしいだろ」
懲りずにまだ舐め続けるらしい。脇腹に手を添えて指でなぞりながら、へその周りを念入りに。くすぐったいけれど、どちらかというと遊ばれているようで、緊張感のない声が出てしまった。
「高松、ちょっと……こら! くすぐったいだろ」
「へぇ……くすぐったいだけ? じゃあここは?」
高松の手のひらがするりと下へ滑っていく。
「そこは……その」
その先には、性器がある。今までとは違う、確実に気持ちよくなれる場所がある。
高松は俺の陰毛をくるくると弄んでいた。
「尾上さんは薄いですよね。あ……白髪ある」
「そうかもしれないけど、そうじゃなくて」
「ふふ、まだ触らないですよ」
高松は陰部をさけ、俺の太ももをがっちりと掴んだ。揉みほぐしては、付け根までそっとなぞる。マッサージのようだった。ギリギリ、いや少し触れているからエロいマッサージ。
「ここに顔埋めたい……今度膝枕してね」
「ん……分かったからやめろ、って」
ここまできたら触ってほしい。分かりやすい刺激が欲しかった。俺からすればくすぐられるばかりで焦らされているのだから。
「ちょっと勃ってますよ。何もしてないのに」
「よく言うな。お前が焦らすせいだろ」
「えぇ? 俺のせいですか。じゃあ気持ちいいとこ舐めればいいんですよね?」
高松は俺のふくらはぎを掴んで少し持ち上げ、そのまま足の指を舐め始めた。
「へっ?」
高松が奇行に走るものだから、さすがの俺もギョッとして情けない声を出してしまった。
「ちょっと、待て……!」
蹴らない程度に力を入れても、全く動かない。こいつどこに力使ってるんだ。せっかく鍛えてるのにこんなことに使うなよ。
「うぅ……んっ……」
丁寧に、指の一本一本を、わざと音をたてながら吸うように舐めている。
「そこはっ、舐めるとこじゃない……!」
自分でも何がなんだか分からない。けれど、恥ずかしくていてもたってもいられなくて、目を瞑っていると気持ちいいような気がしてくる。指の股を舌でなぞられて身体が震えてしまう。
こんなもの、俺は知らない。
「やだ、っん……ん」
「ふっ……ふふ、尾上さん。きもちい?」
高松と目が合う。目を細めて、うっすらと口角を上げている。こちらを覗く瞳は、『好き』なんて言葉じゃ収まりきらないくらい、燃えるように熱い。もう溶けてぐずぐずになってしまいそうだ。
「どうして、こんなことするんだ」
「尾上さんの弱点が知りたくて」
そんなものいくらでも知ってるだろと言いたくなる。俺よりも高松の方が詳しいくらいだ。
「弱点見つけちゃった。今の尾上さん、すんごく物欲しそうな顔してますよ」
「ちがう……そんなことない」
高松は俺の足を押し開いて、股の間に座る。
「あ……」
そのまま俺の『身体の入口』にそっと触れていた。くるくると輪郭をなぞるように触るから、期待してゾクゾクして、身体に力が入った。
「尾上さんが欲しかったところって、ここですよね」
ローションをたっぷりつけた指先が体内に侵入してくる。丁寧なのか、焦らしているのか分からないくらい少しずつ。
息が浅くなる。全身を愛撫されて感度が高まっているのか、いつもより余裕がない。
「ん……っ、ふぅ……」
乳首に緩い刺激。歯を弱くたてられただけなのに、胸にちくちくと甘い痺れが走る。
「あっ♡……ぅん、待って」
乳首を口の中に収められ舌で転がされ、急に噛みつかれる。痛いほど気持ちいいと思ってしまう。
高松はわざと水音をたてて俺を煽った。俺を辱めると、ナカに入った指をぎゅうぎゅう締め付けて可愛いかららしい。俺はいやらしい奴なんだと面と向かって言われるのはとにかく恥ずかしかった。
「もう一本挿れるね」
二本目の指をすんなりと受け入れていた。高松はいつものように俺の弱いところを的確に探り出し、グリグリと押しつぶした。
「んッ♡……っぅ♡……ぁ♡」
そしてトントンとリズミカルに出し入れした後、緩急をつけるように優しくこねる。乳首とアナルと両方を責められ続けて、長く我慢できた試しがない。
「あ♡ぁ、ぅっ……ぁあ♡……ン♡」
「気持ちいい?」
「ぅん……うん♡……きもち、いい♡♡ぃから……た、たかまつ、ぅッ……はやく♡はやく挿れ、てっ」
言葉で伝わっているのか分からず、首を縦に振り続けた。
腰が浮いていると自分でも分かる。気持ちいいところに自分から当てている。
「本当にかわいい……挿れるね」
指が引き抜かれると、自身にぽっかり穴が開いて、物足りないような気がしてしまう。けれど、これからもっと長くて大きいモノがこの身体を貫くのだと思うと、それだけでどうにかなってしまいそうだった。
高松はコンドームを着けると、俺のアナルにピッタリとペニスを宛てがう。
すうっと息を呑んだ。
「んん……ん゙っッ、う♡……ン♡」
先程より質量のあるものがゆっくりと身体に埋め込まれていく。天井の照明に影が落ちたと思えば、優しく抱き込まれていた。
高松は俺に優しく口付けて、口内に滑り込んでくる。唇と歯列をなぞられると、まるで口の中まで舐められているようだ。
「……痛くない?」
「だいじょう……ぶ、だから、はやくうごいて」
高松のペニスは体内に馴染み、ピクピクと震えている。早く動きたいだろうに健気に俺の許可を待っている。
しかし、一度腰を動かし始めればタガが外れたように激しいストロークで俺を貪る。
「あっ♡あ゙あっ……あ♡ん゙ッ♡♡……きも゙ちひっ、い♡♡」
「んッ、尾上さんのナカ、ほんと気持ちいい」
気持ちいい。
高松に身体を好き勝手されて、貫かれて、あられもない声を上げている。いつもとあまり変わりはしないけれど、自分を差し出しているのだからきっと俺は食べられている。
「奥挿れていい?」
「あぁ♡♡ま゙って、っ……まだ、むり……うぅ♡♡」
これ以上は受け止めきれない。散々焦らされて感度が高まった身体に追い打ちをかけられたら、もう爆発しそうだ。
「大丈夫だよ」
俺の言葉を無視して高松は腰を押し進める。優しい言葉なのが逆に怖い。つんと触れた壁の先を、慣れた動作で越えていく。
「やっ♡……やめ……あ♡♡あ゙あ゙ぁ♡♡あ……ッ♡……ん゙ん〜ッ♡♡」
目の前がチカチカする。入れてはいけない場所に入っているのだ。いつも何が何だか分からなくて、悲鳴のような声を上げながらただビクビクと身体を震わせていた。
「ゔっ……ああ♡……ああッ♡♡あ゙〜ッ♡♡……はッ……はぁ……ぁ?」
俺は呆気なく一回目の絶頂を迎え、力なく透明な液体を漏らしていた。
「んッ……締めすぎ。すぐイく……ッ」
「はっ……ぁあ……♡♡あ……♡」
俺がどうなろうと高松は止まらない。ピストンが速まるたびに、頭の中がぐちゃぐちゃになる。
「あ……尾上さんっ……イく」
高松は肩を震わせて、俺の一番奥に精を吐き出していた。
絶頂した余韻で惚けていると、高松がとんでもないことをし始めた。
「あっ? おい、そんなもん飲むな……!」
ぐったりと倒れていた俺の腹に手を添え、高松はへそに溜まった液体を舐めている。さすがに理解ができなかった。
「もうやめろ……そんなこと」
高松はちろりと赤い舌を出し、わざとらしく音を出して啜っている。露骨に辱められて顔が熱い。
「楽しいですよ。それに、美味しい」
「うっ……高松の馬鹿」
意地悪な奴だ。そんなもの美味いわけないだろ。透明でもおしっこみたいなものなんだから。
「もうやめろって。イったんだからもういいだろ」
「でも、ここ舐めてないですよ? 全身舐めるんだから、ここは絶対舐めなきゃ」
高松はふにゃふにゃになった俺のペニスにそっと口付けて、溜まった体液を音を立てて吸い取り、皮の中に舌を這わせている。
「は? もういいから……!」
起き上がって高松を引き剥がそうとしても、俺の抵抗むなしくペニスの根元まで口の中に収まってしまった。ぬるぬるで生暖かい。
「さっき、イったって」
イヤイヤ言いながらどうしても硬くなってしまう、悲しい男の性。高松の舌が、口の裏側が気持ちいい。
高松はフェラが上手いんだと思う。俺の気持ちいいところをすぐに把握して的確に責めている。
「まって……あっ♡うぅ……う♡♡」
乳首もつねられ、力が入って足の先までピンと伸びる。気持ちいいのがバレてしまう。
「んー? なんれすか」
「んぁ♡……しゃべる、な……ッ♡あっ……あ……も、もう出るッから……!」
先程までとは違う感覚が込み上げてくる。違うものが出る──出したい。
「なにが出るの? 言ってみて」
高松は上目遣いで目を細める。俺を挑発しているのだ。わざわざ言わせたがるあたりこいつは性格が悪い。喋れるようにゆっくりしゃぶって、我慢ができない俺の答えを待っている。
「せ、せー……えきのほう、でるっ」
俺は欲に抗えず、素直に答えるしかなかった。
「えらいね」
高松が口をすぼめてストロークを早めていく。根元を扱きながら裏筋に舌を這わせられると、あっという間に達してしまう。
「あ♡……んっ、くッ……♡うっ……たかまつっ……イ、イく……♡イく♡♡」
俺は高松の口の中に思い切り吐精して、肩で息をするばかりだった。
シャワーを浴びてなんとなく鏡を見てみる。
身体には虫刺されのような赤い跡がぽつぽつと残っている。全身を舐められ吸われ続けていたのだから覚悟はしていたが引いてしまった。
「お前跡つけすぎ……年取ると傷の治りが遅いの、お前も知ってるだろ」
「一応見えないところにつけてますよ」
「そういう問題じゃない」
部屋着に腕を通した。半袖シャツの内側につけられた跡がギリギリ見えそうで見えない。こいつのこういう慣れている感じがなんか嫌だ。
「運動してさっぱりして、アイス食べるのに絶好ですね」
「運動って」
高松はキッチンに向かうと、冷凍庫からアイスを取り出していた。二つに割って二人で食べられる、氷が少し大きめでシャリシャリとした夏にピッタリのアイスだ。
「はい、どうぞ」
受け取ったアイスは冷たくて、爽やかなソーダが口の中に広がっていく。
──高松と過ごす夏が、またやってきた。
うだるような暑さ、氷の溶けた麦茶、お祭りのお囃子の音、入道雲をバックに笑うきみ。
「今年もこんなことしてるんだもんなぁ」
「ね、言ったでしょ。今年も好きだったし、来年も好きなんですよ」
高松は笑う。俺を真っ直ぐ見つめて、優しい笑みを浮かべている。
そうだな高松。なんだかんだ俺もそう思うんだ。来年も再来年もずっと好きで、同じことを言っていると思う。365日の一日くらいなら、俺をくれてやってもいいかもしれない。
「高松。それ寄越せ」
高松の分までアイスの棒をさっとゴミ箱に捨て、肩を掴んでそっとキスをした。7月29日のキスはひんやり冷たくて、タバコの味もしないのだと来年も思うだろう。そしてまた一つ思い出が増えていく。
俺は高松の背中を抱え込むように抱きついて、ぎゅっと力を入れた。この手を離したくない。
「誕生日おめでとう」
心の奥底から気持ちが溢れてくる。そして視線になって、体温になって、言葉になって、高松まで届いてほしい。
「ありがとう、尾上さん。ずっと……ずっと一緒にいようね。そしたら、また尾上さんのこと貰っていい?」
俺たちは鼻を擦り合わせ、二人で笑いあっていた。
「あぁ……俺からも約束だぞ」
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