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『トリックオアトリート!』
タバコを買うためにたまたま入ったコンビニで、今日がハロウィンなのだと知る。レジ前はかぼちゃ味のチョコレートやクッキーが並んでいて、とても華やかだ。
最近のハロウィンは仮装やコスプレのイメージだが、元々は子供にお菓子を渡す日だったはずだ(たぶん)。うちに子供はいないけれど、お菓子が欲しいと言い出す奴はいる。『トリックオアトリート』、お菓子をくれなきゃイタズラするぞと言われた時のために、一つ買っておくことにした。
クッキーが数枚入ったお菓子の小袋とタバコを買い、まとめてジャケットのポケットに突っ込んでコンビニを出た。
俺の恋人は根っからのお祭り男だ。今年のハロウィンも乗ってくるだろう。去年は俺に仮装させようと、事前に衣装を用意していたほどだ。妙に気合いが入っている。
仮装も女装じゃなければ、たまには何か着てやろうか。それとも、イタズラする気満々の彼に、残念だけど俺はお菓子を持っているぞ! とドヤ顔してやろうか。
まぁ、うなだれる大型犬のようになってしまっては可愛そうだから、気分次第でイタズラさせてやってもいい。なんだか楽しみになってきて、家に帰る足取りも軽くなってきた。
「高松のやつ、どうしてやろうかな……」
家に帰ると、高松は既に着替えてリビングでくつろいでいた。
「尾上さん、おかえりなさい」
高松は手招きしてソファに俺を呼びつけた。ニコニコを通り越してニヤニヤした顔で、今日は何の日か知ってます? と尋ねてくる。
「今日はハロウィンなんだろ?」
ソファに腰を下ろした俺がそう答えると、高松は驚いて唇を少し尖らせていた。どうせ忘れているだろうと俺を舐めていたらしい。
「俺だってそれくらい知ってるよ」
「じゃあ、これも知ってますよね? 『トリックオアトリート』! お菓子くれないとイタズラしますよ」
高松はいつもより高めのテンションでハロウィンの呪文を唱えた。イベントを素直に楽しめるのは彼の長所だ。
ここで馬鹿正直に、俺はお菓子を用意しているぞと言ってもいいが、このまま何も発展せず俺たちのハロウィンが終わってしまうのはつまらない。それに、せっかく楽しみにしていた高松の期待を裏切るのも酷だなと思う。
「そんなの俺が用意してると思うか?」
「……思わないですね」
高松はフッと笑って、俺の腰を抱いた。
──そうだ、こいつは俺に『イタズラ』をする気なんだ。
高松が考える『イタズラ』なんて何となく想像できる。今からジャケットを脱がせてシャツまで脱がせて、俺を好き放題する気なんだ。
「じゃあ、イタズラしますね」
「……俺にイタズラして楽しいのか?」
「楽しいです」
間発入れずに言うものだから、なんだか勢いが怖い。
高松は俺のジャケットを脱がしながら、耳元で囁く。息を吹きかけられて身体が震えてしまった。
「尾上さんっていつも敏感ですよね」
そして、シャツのボタンを丁寧に外していく。こいつはどんなイタズラをする気なんだろう。腹を触る、胸を触る……それとも、その下を触るのか。
俺は期待と緊張でいっぱいいっぱいなのだ。
「だから」
高松はその先を言わない。代わりに、ゆっくり肩を押すように俺を押し倒した。シャツの隙間から侵入した指先がゆっくりと俺の腹をなぞる。そして脇腹からあばらにかけて、大きく円を描くように手のひらが這っている。少しくすぐったくて身を捩るも、逃げないでと囁かれて身体の熱すら逃げ場がない。
「たかま、つ……もう……」
「まだまだ、ここからですよ」
高松のスイッチが入っている。ここからは大人の雰囲気だろう。今日はこのままソファで──。
「ほーら! こちょこちょこちょこちょ」
「うぉ!? なっ……!」
高松のやたら明るく緊張感のない声で場の空気が変わった。先程までの湿度はどこへやら、高松の指先が俺の脇で思い切り暴れ回っている。
「おいやめろ、た、高松……やめ、くすぐったいっ」
なんか知らんけど脇腹をくすぐられている! 必死に身を捩って脱けだそうとするも、力が抜けて動けない。
「んっ、ん~! こら、ダメだって。離せってばぁ!」
「いやです」
「い、嫌ってなんだよ。ばかッ! 高松……やめろ、って……言ってんだろうがッ!」
俺は高松の下で抵抗した。乗られているから下半身は動かないし、腕を掴んで揺すっても高松はなかなかやめてくれない。
「どけ、俺は暴れるぞ。頭突きするぞ……!」
「ちょ、ちょっと尾上さん、やめる。やめるから! 頭突きやめて。暴れたら落ちちゃう!」
暴れ続ける俺に根負けしたらしく、高松は俺から離れた。
何とかやめさせたはいいが、危うくソファから落ちかけたじゃないか。
「はぁ……はぁ……」
思ったより高松がしつこいから、息も上がって髪もボサボサだ。
何で今日はこんなことするんだよ、いつもは心底嬉しそうに俺を抱くのに。抑える気もない欲丸出しの鋭い視線で犯されるのも、俺は嫌いじゃないのに。
これじゃトリックもトリートも両方用意した俺が馬鹿みたいじゃないか。
「お前の言うイタズラってこれ……?」
「んー? なんですか?」
高松は分かりやすくとぼけていた。おちょくられているようで少し腹が立つ。なんだか悶々としてきたし、上半身を好きに触られて黙っていられるはずもない。
「なぁ高松。俺はお菓子持ってないからイタズラされたんだろ?」
ソファに掛けられたジャケットを手に取る。ポケットに隠していたお菓子の袋を目の前に見せつけると、高松は目を丸くしていた。
「あれ、尾上さんお菓子持ってる……」
俺がわざとイタズラの方を選んだのだと高松も理解したようだった。
気まぐれかもしれないけれど、俺はお前にイタズラされたかったんだよ。なんてことのないちょっとしたイベントだけど、高松の普段見られない顔をもっと見たかったんだ。
「俺も聞くからな。『お菓子くれないとイタズラするぞ』」
なんかもうお菓子なんてあっても無くてもどうでもいいんだ。俺にイタズラさせてくれ。脇をくすぐるなんて甘っちょろいものじゃない。もっと色っぽくて大人にしかできないこと。
「あはは。そっか……尾上さんそういうことするんだ。じゃあ実はね、俺もお菓子持ってないんですよ」
高松は俺より大きくてカラフルな袋をテーブルに置いた。受けて立つというのだろう。
「本当はクッキー缶買ったはずなんですけど、今はどっかに行っちゃいました。持ってないんだから尾上さんにイタズラされちゃいますね」
高松は目を細め、ひとつ深い息を吐いた。俺を挑発する様は嬉しそうに見えて、これからイタズラをされる大人とは思えない。けれど、きっと俺も同じように火のついた瞳で高松を見つめているのだろう。
「ね、俺はどんなイタズラされちゃうんですか?」
──教えて。
耳から真っ赤になりそうだ。そんな風に囁かれたら、イタズラなんて言い訳もどうでもよくなってしまうだろ。
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