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第4話 強引に拾われる

 蹴飛ばされ伸された男は、微塵も動かない。  そんな男を見やっている俺の視界に、礼鸞がひょこりと顔を出した。 「ひっ……」  引き攣った音を立てた俺の喉に、心外だと言うように礼鸞は眉根を寄せる。 「なんもしねぇよ」  はあっと諦め混じりの溜め息を吐きながらしゃがんだ礼鸞は、胃液で汚れた俺の口許を親指で荒く拭ってくる。  蛇に睨まれた蛙のように動けない俺は、礼鸞にされるがままだ。 「死んだ…、の?」  ガタガタと唇を震わせながら、やっと言葉を絞り出し問うた俺に、礼鸞は豪快な笑い声を立てた。 「こんくらいじゃ、死なねぇよ」  いいとこ脳震盪程度だろ、と礼鸞は男に向き直り、汚れた指を男のスーツに擦りつける。  粗方汚れが拭われた手で、持ち物を探るように男の身体をばふばふと叩き始めた。  スーツの内ポケットから財布を抜いた礼鸞は、身分証と金を引き出す。 「なんだよ。シケてんなぁ……」  手にした金は、千円札が2枚。  それを尻のポケットに捩じ込んだ礼鸞は、失神している男の頬を、ばしばしと叩く。  叩き起こされた男の視界に、身分証が曝された。 「これ、預かるから。明日、返しに行ってやるから、100万用意しといて? もちろん、本物じゃなかったら、どうなるかわかるよな?」  耳の遠い老人にでも話すかのように、ゆっくりと大きな音で言葉を放った礼鸞は、男の胸ポケットに、くしゃりと丸めた偽造紙幣を捩じ込んだ。  再び俺に瞳を戻した礼鸞は、先ほど尻のポケットに入れた札に触れ、渋い顔で首を捻った。 「こんなんじゃ割に合わねぇよな」  暫し逡巡した礼鸞は、俺に手を差し伸べつつ口を開く。 「金、困ってんだろ? ……とりあえず、行くぞ」  未だ、心臓がバクバクと轟音を立て続けていた。  今しがた目の前で繰り広げられた惨状に、怯える俺の身体は、その手を掴むコトが出来ないでいる。 「取って喰ったりしねぇって。嫌がる男にしゃぶらせる趣味もねぇよ」  はあっと疲れ混じりの溜め息を吐いた礼鸞は、すっと腰を上げ、縮こまる俺の腕を掴む。 「お前、あんまりにもみすぼらし過ぎんだろ? 飯ぐらい食わしてやるって言ってんの。行くぞ」  骨と皮という程ではないが、確かに16歳にしては細い俺。  ひょいっと簡単に俺を立ち上がらせた礼鸞は、そのまま歩き始めた。

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