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第21話 心までは売ってない

 ミケの姿に、偽金のコトを思い出す。  そこから芋づる式に、デリカシーの欠片もなく女の所へ行くと宣った礼鸞の姿も蘇る。  シュンに宥めすかされた怒りが再び沸き上がり、ポチから渡された金の入った茶封筒を床に叩きつけていた。  口の閉じられていない封筒から、中の札がばらりと床に広がった。 「なしたの?」  またいつもの癇癪かと、軽く鼻から息を逃がしたミケは、床に散らばる札を掻き集める。 「そんなウゼェの? そんな汚ねぇの? そんな消してぇの?」  気持ちいいコトが出来て、お金がもらえる男娼の仕事は、僕の天職だと思う。  性を売って、色んな男と情を交わしてる。  でも、心までは売ってない。  疑問符だけを向けられたところで、僕は答えを持っていないと言いたげに、ミケは首を傾げた。 「僕とヤったら、女とヤらないとバランス取れねぇみたいにっ。女の身体で、僕とのコト塗り潰しに行きやがったっ」  怒鳴る僕に、ミケは黙って拾った札を渡してくる。  僕は、それを突っ返す。  ……お金が、欲しかった訳じゃない。  僕は、礼鸞に触れたいし、礼鸞と情を交わしたい。  だけど、なんの理由もなしに礼鸞は僕を抱いてはくれないから。  〝お礼〞だからと、格好をつけるしかないじゃないか。 「この金はミケのもんだから、しまっときなよ」  強がる僕の瞳が、じわりじわりと溺れていく。  その水滴を溢したくなくて、唇を噛み締めた。 「もう。僕の前で強がってどうすんのさ」  飽きれ混じりの息を吐いたミケは、両腕を広げ、無言で〝おいで〞と僕を呼ぶ。  とぼとぼと近づき、その胸にぼふりと身体を預けた。 「怖ぇえよ」  肩口に顔を埋め呟く僕の頭が、柔らかく撫でられる。 「ん?」  なにが怖いの? と、耳を寄せるように首を傾げるミケに、僕はぽつりぽつりと言葉を溢す。 「礼鸞がまた、拾ったんだ」  はあっと小さな溜め息を吐き、ミケの肩の上でイヤイヤと頭を振るう。 「今度は、ポチみたいなヤツじゃなくて……。なんか放っておくのが心配になるっていうか…守ってやらなきゃって感じの、さ」  庇護欲を(そそ)るタイプとでもいうのだろうか。  サイズ違いの礼鸞の服を着たシュンは、無駄な色気を持っていた。 「ご飯を作る代わりに、置いてもらうってシュンは言ってたんだけど。料理が出来るってコトは、礼鸞の胃袋をがっつり掴んでるってコトでさ……」  男で抱くのは僕だけ…なんて言っていたって、四六時中あんな色気を振り撒かれ、甲斐甲斐しく世話をやかれれば、礼鸞の心が変わったっておかしくはない。  礼鸞の下心が透けて見えたら、あんな場所に居たシュンは、断りはしない。  人の心の機微に敏感で、強かなシュン。  自分が不利益になる選択はしないはずだ。 「そんな関係じゃないって言ったって、それは今の話で。これからどうなるかなんて、誰もわかんねぇじゃん……」  いじけ萎んでいく僕の声に、ミケは黙って、優しく頭を撫で続けた。  僕には、子供を宿せる腹はない。  女になんて、勝てるわけがない。  だから、せめて。  同じ男のシュンには、負けたくない。

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