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第33話 ポチとタマ

 翌日の早朝、元気な声が部屋に響いた。 「鸞ちゃん、おはよー」  礼鸞と同じ制服に身を包んだ男の子が、すぱっと襖を開け放つ。  周りを確認しないままに、礼鸞の寝床に駆け寄り、盛り上がる布団へと顔を埋めたため、俺の存在は認識されていないようだ。  はぁあっと、あからさまな溜め息を漏らした礼鸞は、布団の中で、ぐうっと身体を伸ばす。 「重い……」  叩こうとしたように動いた礼鸞の手は、少し荒めに男の頭に乗るだけだった。  乗っかっている手ごと頭を持ち上げた男は、そのまま礼鸞へと顔を寄せる。 「おはよーの、ちゅーしよ」  最後に音符でもつきそうな上機嫌なおねだりを紡いだ唇が礼鸞へと迫る。 「しねぇよ」  近寄る頭を片手ひとつで阻止する礼鸞に、むすりと歪んだ顔が指の隙間から覗く。  そういう間柄なのだと、理解する。  イチャイチャする姿に照れるほど、初心(うぶ)でもないし、共感して恥ずかしがるような豊な感受性も持ち合わせてはいない俺。  仲睦まじいコトで…、程度にしか感じていなかった。  だが、お邪魔虫になり白い目を向けられるのは、ごめんだ。  2人だけの世界に浸れるようにと、そうっと部屋を抜けようと試みる。  ごそっと音を立ててしまった布団に、男が振り返った。 「っ……」 「ぁ……」  驚きに引き攣るように息を吸い込んだ男とは対照的に、俺の口からは失敗に嘆く音が零れた。  驚いている男と、しくじったと顔を歪める俺に視線を走らせた礼鸞が、のっそりと口を開く。 「ポチ、タマ」  俺を指差した後に、腹の上にある頭に手を乗せる。 「ぽち?」 「たま?」  どっちも犬や猫につけるような名称に、タマと呼ばれた男と俺の首が傾がった。 「ポチは、拾った」  ふぁあっと盛大な欠伸かましながら上体を起こす礼鸞に、つられるように布団の脇にちょこんと座り直したタマは、未だ消化できない言葉を鸚鵡返しに紡ぐ。 「ひろった?」 「そ。佐鮫(さざめ)んとこに1人で乗り込んできたんだよ。なかなか腹据わってんだろ」  まるで自分の武勇伝でも語るかのように得意気に話した礼鸞は、にやりと笑み、言葉を繋ぐ。 「オヤジに持ってかれて潰されんの、もったいないから、オレの犬ってコトにすんの」  ぽかんと礼鸞を見やっているタマの頭がわしゃりと撫でられた。  タマから俺へと移った視線に礼鸞の声が乗る。 「タマは高校の……ダチ?」  発した礼鸞自身も、確証を得られないように軽く首を傾げていた。  〝友達〞という関係性には見えなかった。  男友達が、朝からおはようのキスをせがんだりはしない。  俺自身は、別に男同士だろうと気にしない性格だが、深掘りする話ではないだろうと、礼鸞の言葉を飲み下す。 「てか、今日はポチの世話しなきゃなんねぇから、学校いかねぇよ」  あっと気がついたように、布団の横に座るタマへと瞳と言葉を向ける礼鸞に、膨れっ面が返される。 「えーっ。せっかく迎えに来たのにぃ」  ぶすっと膨れたタマは、不満たらたらだ。 「わかってんだろ。オレに学歴は要らねぇの」  礼鸞に追い払われたタマは、むすりと顔を歪めたままに、渋々、学校へと向かった。

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