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第36話 今日、ひま?

 ミケを言い負かした数日後、タマが礼鸞を訪ねてきた。 「また、居ないの?」  礼鸞の不在を告げる俺に、タマの不貞腐れた顔が返ってくる。  むすりと歪んだその表情は、俺を威嚇してきたミケの姿を想起させた。 「……ミケ、元気か?」  ぽろりと零れた問い掛けに、驚きを浮かべた瞳が俺を見やり、ぱしぱしと瞬かれる。 「なんで、ミケ知ってんの?」  きょとんと放たれた言葉に、軽い笑いが口を衝いた。 「お前と礼鸞の仲、邪魔するなら消えろってさ。牽制された」  動揺に慌てる姿も、言葉に詰まり困った姿も、可愛かったな…と頬が緩んだ。 「あいつ……」  ミケの勝手な暴走に、タマは苦虫を噛み潰す。 「別に怖くもなんともなかったし、今のところ実害もねぇよ。戸部さんに言いつけるとか言ってたけど、戸部さんに若の所有物である俺をどうこうできる力はねぇからな」  気にするなと言葉を足した俺に、納得のいかないタマの顔は渋くなる。  ほんの少しの空白を挟んだタマが、不意に口を開いた。 「今日、ひま?」  首を傾げてくるタマに、同じように首を傾げる。 「若なら夕方には戻ってくるんじゃね?」  帰ってきた後なら、時間が取れるのではないかと、礼鸞の話を続ける俺にタマの首が横に振られる。 「じゃなくて。あんた」  ぴしっと俺を指差してくるタマに、思考はこんがらかるばかりだ。 「ま、若が戻るまでなら時間あるけど……?」  俺の予定を聞いてどうするのだと、ふわりとした答えを返した。 「じゃ、行こっ」  腕を掴んだままに、連れ出された俺は、気づけば例の倉庫街へと足を踏み入れていた。  まだ明るい真っ昼間だというのに、陰鬱な雰囲気と纏わりつくような空気感が蔓延していた。  ちらちらと向けられる瞳は、まるでこちらが値踏みされているかのようで。  酷く居心地の悪い場所だった。 「僕が交渉するし、金も払うから。好きなコ選んで良いよ」  俺の眉間に、ぐっと深い皺が刻まれる。  怪訝な表情を浮かべる俺に、タマは言葉を繋いだ。 「ミケのせいで嫌な思いしたでしょ? お詫びだから」  本人に謝罪させようと思ったんだけど、とタマの瞳は彷徨(うろつ)く男娼たちの中にミケの姿を探す。 「ん? ミケって戸部さんの、……」  〝女〞と称するのも違う気がして、言い淀んだ。  俺の言わんとしているコトを察したタマは、首を横に振るう。 「違うよ。ミケは、強い人の傍が安全だって知ってるから、媚びてるだけ。戸部さんも満更じゃないとは思うけど、そんなに大切にはされてない……」  影を落とす声を放ったタマは、相手探しを始めない俺に、視線を据えた。 「……男じゃダメ? その辺の女より、テクはあるよ?」  可愛いコもエロいコも選り取り見取りなのに、なにが不満なのだと言いたげなタマに、俺の腹はムカムカとした気持ち悪さを抱える。 「男とか女とかじゃなくて、俺は本当に怒ってねぇの。だから、詫びとかいらねぇっつってんの」  どちらかといえば、俺の方が言い負かした形だ。

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