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第40話 力も金も無いのなら

 この場所に最初に足を踏み入れた時に感じた暗く淀んだ空気に、嫌な気配を覚えた。  ミケの身を案じて出た言葉だった。 「まぁね。下手な客捕まえたら、踏み倒されるわ、暴力振るわれるわ、…終いには金を巻き上げられたコトもあったし、安全ではないだろうね」  疲れを露に、ミケは空を見上げながら、言葉を繋ぐ。 「僕だって本当なら、こんな危ないところには居たくないよ。でも、生きていくためには、お金が必要でしょ。この身体、使うしかないんだよ。他の稼ぎ方なんて知らないし……」  ふと、ミケが言いつけると口走った戸部の顔が頭に浮かんだ。 「戸部さんに囲ってもらえば良いんじゃねぇの? お前も、その方が楽だろ」  ミケに倣い、俺も空を眺める。  どんよりとしたねずみ色の雲が、透き通った青い空を隠していた。  同じ身体を売る仕事なら、複数の見ず知らずの人間を相手にするよりは、戸部1人に絞った方が、まだマシなのではないかと、問うていた。  曇天の空からミケへと向けた瞳には、不味いものでも食べたかのように、苦々しく歪む表情が映る。 「縛られたくないし、そこまでのお願いは出来ないよ」  ミケの顔が、諦めの混じった笑みに変わる。 「戸部さんのコト、別に好きでもなんでもないし、あっちもあっちで本命いるしね。あの人の傍が安全だから、ちょっと傘の下に入れてもらってるだけ、なんだよね」  性処理してあげる代わりに、名前を…虎の威を借りてるって感じかな、と呟いたミケは、小さい自分を嗤った。 「なら。俺の名前も貸してやる」  言葉に、怪訝な色を宿したミケの瞳が俺に向く。 「僕に、ただ乗りする気? 僕のテクとあんたの名前じゃ、釣り合ってなくない?」  小馬鹿にするように放たれた言葉は、的を射すぎていて、反論の余地はない。  戸部の名前が通用しない相手に、俺の名なんて、微塵の役にも立たないコトだろう。  わかっていたが、その頃も…今でさえ、俺には、ミケを囲えるほどの力も金もない。  だから、せめて。 「わかってるよ。次からは、ちゃんと金、払ってやるよ。そうじゃなくて、困ったら頼れって話。戸部さんに頼めないなら、俺が聞いてやる」  真横にあるミケの頭に手を乗せ、くしゃくしゃと掻き混ぜた。 「パトロンが1人増えたって思っとけって話」 「………パトロン、ね?」  権威も金もない人間がパトロンになんてなれるのか甚だ疑問だと不信感を丸出しにするミケに、髪を混ぜていた手を止めた。 「そのうち、釣り合うようになってやるよ」  意気込みを言葉に乗せ、自分に発破をかけた。  力も金もないのなら、伝を使うしかない。  屋敷に戻った俺は、礼鸞に動いてもらう他はないと、口を開いた。 「あの辺を根城にしてるヤツらを囲って、娼館でも建てたら、それなりに稼げそうっすよね」  陰湿な、空気の淀む倉庫街。  比留間の縄張りの一角にあたるあの場所を荒れ放題にしておくのは勿体無いと進言した。  ミケたちの身の保証と、不穏な存在の排除、何より金になるのなら、管理をする価値はある。  俺の呟きを拾った礼鸞は、1ヶ月も経てずに、マンションを借り上げ、娼館を起ち上げた。  ミケの後ろには、戸部個人ではなく、比留間という組織がつく形となった。

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