44 / 160

第44話 鸞鳥の飛来 < Side 礼鸞

 洗い物をするために袖を捲った瞬の右腕、手首から肘にかけ、鮮やかな鳥が飛んでいた。 「お前、こんなとこにも入れたの?」  左足の膝下から尻にかけ、腿に絡みつくように登り龍を描かせた。  螺旋を描き這いずる龍は、尻で睨みを利かせる。  オレが指示をしたのは、そこまでだった。  問うたオレに、照れ混じりの笑みが返ってくる。 「鸞鳥(らんちょう)。見せてもらったデザインが綺麗だったから」  ……良からぬ輩から瞬を守るため、なんていうのは、自分を正当化するための大義名分だった。  それは、自分への戒めの意味合いも含んでいた。  間違っても手を出さないように。  たとえ興奮に塗り潰された理性でも、龍に睨まれたとなれば、冷静になれるのではないか、と。  予想外の鸞鳥の飛来は、オレに悦を与えた。  瞬を支配しているような錯覚が、オレの胸を擽った。  その後も、瞬の改造計画をじわりじわりと進めていった。  眼鏡をかけさせ、スーツを身に纏うコトで、少しだが大人びた空気を醸せるようになった瞬。  刺青は入れさせたが、目の届かないところに置いておくのは不安で、オレもポチも出払う時は、連れ歩くようになっていた。  初めてオレの表の職場であるクラルテファイナンスに瞬を連れて行った。  クラルテファイナンスは、大手企業のスズシログループの傘下にあたる貸し金の会社だが、その実は比留間が仕切っている限りなく黒に近いグレーな金貸し屋だ。  回収の予定を立てるオレの横で、資料を視界の端に捉えた瞬は、微かに眉を揺らした。 「なに? なんか気になんの?」  ちらりとくべるオレの視線に、瞬間的に戸惑った瞬は、申し訳なさげに口を開く。 「この計算、なんかおかしくない……?」  確かに瞬の指摘通り、見逃してしまいがちな小さな計算ミスが見つかった。  その後も、この文言は変えた方がいいとか、これは引っ掛かるから止めた方がいいとか。  仕事をさせればさせるほど、深く細かく指摘してくるようになった。 「お前、頭いいよな」  新たな改定案をまとめる最中、ぼそりと放ったオレの言葉に、隣で書類を精査しつつ口を開く瞬。 「中学を卒業したら働くつもりだったから、時間のあるとき…締め出された時は、勉強してたんだ……。法律、医学、経営学…手当たり次第に、役に立ちそうな情報を頭に詰め込んだ」  独学だからあまり宛にはならないけど、と謙遜していたが、瞬の知識は相当なものだった。

ともだちにシェアしよう!