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第46話 清白の家に

「この人の所で世話になってる」  さらりと放った言葉に、母親の瞳が品定めでもするかのように礼鸞をじろりと見やる。 「比留間の若頭だよ」  その単語に、母親の動きが止まった。  繁華街の9割の店は、比留間の世話になっている。  それは、比留間と揉めれば、仕事を失うというコトだ。  若づくりをし露出度の高い服を着てまで、キャバ嬢という職にしがみついてる母だ。  そんな職を失うリスクを侵してまで、俺にたかろうとはしないだろう。 「こういう世界で生きてるんだよ」  ジャケットを脱いだ俺は、袖口のボタンを外し、右腕の上で舞う鸞鳥の姿を見せてやる。  鮮やかな刺青に対し、母親の顔からは色が失せていく。 「俺が居なくなって、せいせいしたでしょ?」  口角を上げ、綺麗な笑顔を作った。  笑顔の上には、これ以上はないというほどの悪意を乗せた。  母親のようなヒステリック女に周りを彷徨(うろ)かれるのは、御免被(ごめんこうむ)りたかった。  俺をダシに、礼鸞に金をせびられるのも勘弁願いたい。 「そ。元気に生きてるなら、それでいいの」  瞳を游がせ、動揺に揺れる声で言葉を紡いだ母親は、じゃあと俺に背を向け足早に立ち去った。  金輪際、俺にかまってくれるなとかけた脅しは、成功した。  母親との遭遇から半年。礼鸞に拾われてから3年ほど経った頃。 「お前は、この稼業には向いてねぇ」  クラルテで書類の整理をしている時、礼鸞に、ぼそりと呟かれた。  なにを言い出したのかと瞳を向けたが、礼鸞は視線を合わせず、言葉を繋ぐ。 「腕っぷしは弱いし、威厳はねぇし……。頭は切れんのにな?」  俺が直した資料を手に取った礼鸞は、さっと目を通し、感嘆の息を吐きながら、深く瞬く。 「オレの知り合い紹介してやっから、そこの家で働け」  礼鸞の大きな手は、19歳にもなる俺の頭を、子供を褒めるかのように優しく撫でていた。  傍に居させてほしい。  そんな願望が無かったわけではない。  だが、俺には礼鸞の傍にいられるだけの力量がなかった。  礼鸞に感じているこの想いが、憧れなのか、恋なのか、自分自身でもわからない。  だが、俺の胸に宿っているこの感情に、嘘偽りはなかった。  拾われてからの3年は、生きやすい世界だった。  恩義しかない礼鸞に、離れたくないと我儘を言えるわけもなかった。  俺は、なにも返せてなどいなかったから。  3年間の恩義は、預けられた先で返すしかない。  清白家を守るのが、俺の仕事なのだと理解した。

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