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第51話 僕は逃げる
プロポーズの意味合いを持った誘いだと勘違いした。
付き合ってもいないのに、一足飛びで婚姻に並ぶ関係になど、なれる筈はないのに。
それでも。
こんな薄暗い世界は似合わないと光の下に放ったシュンと、もっと暗い世界へと引き込まれる僕の扱いの差に、腹底がじわりと煮えた。
僕は、もう汚れてるから。
綺麗な世界で、生きた経験がないから。
……僕に光は、似合わない。
わかっていた。……勝手に誤解して、勝手に期待して、勝手に落ち込んだだけだ。
苛立ちを振り払うように、ぶんぶんと頭を振るった。
「…まあね、僕は真っ黒だしね。今さら真っ白な世界で生きろって言われても、そりゃ無理だよね」
ははっと乾いた笑いが、口を衝く。
卑屈になる僕に、礼鸞の顔はじわりじわりと顰めっ面になっていく。
怪訝な色を浮かべる礼鸞に、ニカッと笑んでやる。
「行かないよ。比留間の傘下には入んない。礼鸞と上司と部下みたいになるの嫌だし。一生もんの借りとか作りたくないし」
僕は、礼鸞の誘いを断った。
雇ってもらえば、これから沢山の時間を礼鸞の傍で過ごすコトが出来ただろう。
でも、そこに礼鸞の〝恋しい〞っていう感情は、存在していない。
一方通行の恋くらい、苦しいものはない。
出会ってからの7年、ずっとずっと追いかけていた。
傍に寄れても、その瞳に映るのは僕じゃなくて。
じくじくと患う心を抱え続けるコトに、ちょっとだけ、疲れていた。
諦められたら、いいのに。
嫌いになれたら、いいのに。
楽になりたいって思っても、棲み着いてしまった礼鸞を追い出すコトは、出来なかった。
比留間ですら重宝するといわれた網を利用し、娼館を辞めた僕は、情報屋として生きていくコトを決めた。
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