52 / 160
第52話 4年分のツケ < Side ミケ
僕の首には、鍵付きの真っ赤な首輪。
その首輪から伸びるチェーンは、壁に埋め込まれたリードフックに繋がっている。
ここは、僕らを優遇してくれていた娼館じゃない。
「ミケ。買ってもらえるように、頑張ろうな?」
3色の髪を乱雑に混ぜる手を、叩き払う。
キッと睨みつけたところで、手の持ち主である館野は、真っ黒な微笑みを崩さない。
タマが娼館から去って、直ぐだった。
買い物に出掛けた僕の後頭部に、衝撃が走った。
その後、僕が目を覚ましたのは、コンクリート剥き出しの壁に四方を囲まれた知らない部屋だった。
両手首を掴む黒い革の枷。
口には、猿轡が噛まされ、裸に剥かれた僕は、ベッドに転がされていた。
手首を繋ぐチェーンがベッドヘッドの柵を跨ぎ、手を下げることは叶わない。
自由な両足で足掻いてみても、身体が揺らぐだけだった。
「おはよう。ミケ」
ご機嫌な声とは裏腹に、真上から僕を覗き込む眼鏡の向こうの瞳は、怨念塗れの真っ黒なビー玉だ。
蹴り飛ばしてやろうと跳ね上げた足は、簡単に館野の手に捕まり、ベッドへと縫いつけられた。
「足の1、2本、折って歩けなくするくらい簡単だよ?」
足首を掴む館野の手に、力が籠る。
躊躇いもなく、やりかねない館野に、僕は抵抗を諦めた。
「お前のせいで、散々だったんだよ。身を隠してる間、生きた心地がしなかった」
はあっとわざとらしい溜め息を吐いた館野は、ベッドへと押しつけた足を跨ぐように座り込む。
ポチと会うのは決まって、娼館だった。
比留間という後ろ盾がつき、ポチという若頭の補佐役である伝を手に入れた僕は、戸部へ媚びる必要がなくなり、屋敷を訪れる回数が減っていた。
じわりじわりと僕単体と比留間との関係が、薄れてきていた。
そこに、タマの離脱が重なった。
礼鸞と親密なタマが席を抜いたコトで、娼館を管理する比留間の目が甘くなる。
これは好機だと、館野が息を吹き返す。
竹箆 返しを食らわすために、僕は拉致されたのだろう。
落ち目の僕は、客も格段に減っていて。
娼館から僕一人が消えたところで、誰も気に止めないコトだろう。
「お前のせいで、この4年、おちおち眠れやしなかったわ」
さほど窶れてもいない顔で、目の下を中指で擦った館野は、そこに隈なんてないのに、わざとらしい疲れた顔で僕を見下げる。
そんなのは、僕のせいじゃない。
下手くそな計画を立てるから、礼鸞やポチに見つかり締められただけじゃないか。
反論しようにも、噛まされている猿轡が邪魔をした。
「今までのツケ、きっちり返してもらおうと思ってな」
喉許から胸へと向かい、館野の指先が僕の肌を擽る。
4年間の心労を。
無駄に過ごした時間を。
狂ってしまった人生を。
僕の身体で埋め合わせろ、と。
4年も根に持つなんて、どんだけ執念深いんだよ。
それに、動いたのは館野の勝手だ。
僕はただ、口添えしただけだ。
気持ちの悪さが勝る接触に、身体を捻ったところで、太腿に乗り上げられている状態では、避けるコトすら叶わない。
ともだちにシェアしよう!