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第57話 ふつうのコト

 2日前。礼鸞に告げた。  ミケを手元に置きたい、と。 「あいつを囲っても大したメリットなんてねぇだろ」  俺の言葉に、礼鸞は不思議そうな顔をする。  出会った頃の可愛さも、タマのような色気も、ミケは持ち合わせていなかった。  歳を重ねるごとに、ミケの価値は落ちていた。 「損得、じゃないんすよ。俺は、ミケを守ってやりたいんです」  〝守る〞という単語に、理解不能だというように礼鸞の眉尻が下がった。 「あいつ、男だぞ」  わかり切っている事実に、今度は俺が眉を潜める。 「仮しも男に対して〝守る〞って、どうなんだよ?」  男に対して〝守る〞は、侮辱だと言いたげな礼鸞に、俺は首を横に振るう。 「男とか女とか関係ないんすよ。俺は、ミケが可愛いと思うし、好き…、で。好きなヤツを守ってやりたいって思うのは、普通だろ……?」  世の中の多数派〝普通〞。  常識とか、当たり前とか。  生きていく上で必要なコトならば、それに則るべきだとは思う。  だけど、誰を好きになり、誰を守りたいと思おうと、そんなのは個人の自由で。  相手を傷つけてしまうのは言語道断だが、心の中で思う分には自由で。  ミケを前に〝お前を守ってやる〞なんて啖呵は切れなくとも、傍に置き愛でる分には、俺の勝手が罷り通る気がした。 「ふつう、か……」  ぼそりと声を零した礼鸞は、ふっと嘲るように息を吐き、言葉を繋ぐ。 「好きにしろ。でも、ミケの気持ちは無視するなよ?」  気持ちを蔑ろにすれば、飼い犬に手を噛まれる可能性があるという礼鸞の忠告に、深く頷いた。  礼鸞の許可を得た俺は、昨日、ミケの元を訪れた。  仕事を辞めさせ、俺の元に来いと伝えるつもりだった。  ミケを指名した俺に、娼館の受付を担当している男のきょとんとした声が返ってきた。 「そっちに行ってたんじゃないんすか?」  質問に顔を顰めた俺に、男は言葉を足す。 「昨日から帰ってないっすよ」  軽く返された言葉に、嫌な気配が背を撫でる。  借金を取り立てるために働かせているキャスト以外は、出掛けるコトを禁止しているワケでもなければ、プライベートを監視しているワケもない。  仕事に穴を空けない限り、外泊してもなんの咎めもない。  予約を取っていないこの状況では、ミケが居なくとも、それは仕方のないコトだった。  だが、ミケの行き先として考えられるのは、比留間の屋敷かタマの所ぐらいで、今まで無断で外泊などしたコトなど無かった。

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