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第59話 軽口が仇となる
ミケを家に上げ、傷の手当てをしていた。
額の打撲部分は、皮膚に傷がなかったため、小さくした湿布を貼った。
手首の擦過傷には、消毒液を染み込ませたコットンを押し当て、血を拭う。
染みるであろう手当てに、ミケは、唇を噛み締め堪えていた。
―― ぐるる……
小さくだか確実に聞こえたのは、ミケの腹の音だ。
「飯、食ってねぇのっ」
声に向けた瞳には、恥ずかしそうに瞳を游がせるミケの姿が映った。
キッチンに行けば、何かしらの食い物はあるだろう。
だが、約3日間、まともに食べていないのであろうミケに、普通の食事は、胃腸に負担が掛かりそうだと、悩んでしまう。
本家に車を返した園田が、コンビニの袋を片手に戻ってきた。
傷の手当てを続けていた俺たちの傍に寄った園田は、手にしていた袋をひっくり返す。
多様な飲み物やお菓子、ゼリーや固形タイプの栄養補助食品に、栄養ドリンク…色々な飲食物が畳の上に広がった。
「お好きなのどうぞ」
ニッと笑む園田に、なかなか気が利くじゃないかと、心の中で褒めてやる。
ミケは、手当ての済んだ方の手をスナック菓子へと伸ばした。
ミケの手が菓子に到達する前に、俺はそれを遠退ける。
「は?」
好きなのを選べと言われたのは自分だと、不満げな声を発するミケ。
「お前、暫く食ってないんだろ? こっちにしとけ」
スナック菓子の代わりに、ゼリータイプの栄養補助食品をミケの手に握らせた。
「あー、オレ本家に呼ばれてるんで戻りますね。なんかあったら呼んでください」
ぎすぎすと嫌な音がなりそうな空気に、園田は腰を上げ、そそくさと出ていった。
面白くなさそうに、ゼリー飲料の口を開けたミケは、ちゅうっとそれを吸い上げながら、恨めしげに俺を睨んでくる。
不貞腐れながらも、ちゃんと俺の言うコトを聞くミケ。
「お前、あそこ辞めろ」
手当てを終え、救急箱に消毒液やガーゼをしまいながら、ぼそりとミケに告げた。
きゅっと眉を寄せたミケは、口許からゼリー飲料の容器を離し、不服げな声を放つ。
「……辞めたら生きてけない」
知ってるでしょ、と言いたげなミケの口調に、ふっと鼻から息を吐いた。
「その心配なら、いらねぇよ。お前1人くらいなら食わせられる程度には、のし上がったから」
にやりとした笑顔に余裕を滲ませる俺に、ミケは怪訝な瞳を向けてくる。
「相手、間違ってるよ」
面倒臭げに溜め息を吐いたミケは、俺を言い負かそうと言葉を募る。
「養うなら、結婚相手とか子供とかでしょ。あんたの恋愛対象は〝女〞でしょ」
僕は男性だから端から対象外だろうと、諦めにも似たつまらなさを浮かべるミケに、呆れ混じりの声を返した。
「何年前の話してんだよ」
「何年前もなにも、核は、……根っこは、そうそう変わるもんじゃないでしょ。あんたの大事なもんは、僕じゃないの」
ただ自分を傷つけるだけの会話を続けたくないと、ミケは話を終わらせようとする。
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