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第63話 弱い俺は、はぐらかされる < Side ポチ

 あれから2週間。  額の打撲痕も手首の擦過傷も、ミケの傷は綺麗に消えた。  娼館を辞めたミケは、離れで俺たちの身の回りの世話をしてくれている。  シュンが居なくなり、俺に戻ってきていた家事全般を、今はミケが(こな)していた。 「靴下、丸めて出すなっ」  片方の口を折り返し、ひとつの塊のようにして、丸めて洗濯籠に入れていた靴下を投げ返された。 「洗濯するときに、いちいち伸ばさなきゃいけないの面倒なんだよっ」  ふんっと鼻息荒く怒鳴ってくるミケ。  俺は、床に転がってしまった靴下を拾い上げる。 「シュンは、なんも言わなかったから……」  シュンの名前を出した俺に、ミケのこめかみが、ぴくりと引き攣った。  次の瞬間、伸ばし途中の靴下が、引っ手繰られる。  靴下を手にしたミケは、そのまま俺に背を向けてしまった。 「ミケ?」  背中に向かい声をかけ、顔を覗こうとする俺に、ミケはふいっとそっぽを向く。 「もう、いい」  やればいいんでしょ、とでも言いたげな拗ねた音だけが返ってきた。  ぶつんと糸を切るように話を終わらせ、無かったコトにしようとするのは、ミケの常套手段だ。  納得していなくとも、目を瞑って飲み込んでしまえば、それでいいと思っている。  今以上に、苛立ちたくないから。  今以上に、傷つきたくないから。  でも、それでは、ミケが嫌な思いをしたままで。 「良くないだろ? なんだよ」  言葉を促すように、ミケの後頭部の髪を摘まみ、さらさらと手から溢す。 「ちゃんと言葉にしないと、わかんねぇよ」  俺はエスパーじゃないんだぞと、ミケの後頭部の髪をわしゃわしゃと混ぜてやる。 「美味しいご飯も作れないし、手際が悪いのも、わかってるし……」  いじけた音で言葉を紡ぐミケに、自分がくしゃくしゃにした髪を整えながら、先の言葉を待つ。 「シュンと、比べないでよ」  俺に弄くられ直された後頭部の髪を撫でつけながら振り返ったミケは、むすりと歪んだ顔を向けてくる。  確かに、料理も家事もシュンの方が味も手際も良かったが。 「比べてなんてねぇよ?」  俺は、ミケが努力しているのを知っている。  頑張っているミケの方が、健気で可愛いとさえ思っていた。  否定する俺の言葉に、ミケの瞳は訝しげだ。  靴下だって、そんな手間が隠れているとは、思わなかっただけだ。  シュンは、教えてくれなかったから。  自分が洗濯をしていたときは、適当に放り込んで回すのが常で、シュンに任せてから物持ちが良くなったのはそういうコトだったのかと、腑に落ちたくらいだ。  すっと、視界からミケの頭が消えた。  しゃがんだミケは、俺の腰に抱き着いてくる。 「こっちのお世話なら、負ける気しないのになぁ」  すりすりと頬を擦りつけたミケの物欲しそうな瞳が、俺を見詰める。  ……ミケのおねだりに、俺の理性は、あっさりと敗北した。  はぐらかされた気がしなくもないが、俺に抗えるだけの胆力はなく、無言で前を寛げた。

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