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第70話 最もな悪手 < Side 礼鸞

 瞬がオレの元を離れてから、8年の月日が経っていた。  オレの周りが、ざわつき始めたのは、郭司の一人息子、郭遥(ひろはる)が1人の男に惚れたのが始まりだった。  郭遥は、父親の敷いたレールの上を淡々と歩む実直な人間だと思っていた。  いつもと変わりない雰囲気で、郭遥の友人〝シュウジツ〞という名の人物の身辺、素行調査を依頼してきた瞬に、了承の意を伝える。  タマの力を借りなくとも、比留間のネットワークで事は足りた。  父親が、金融会社から金を摘まんでおり、愁実のフルネームと写真、家庭環境の調査は容易だった。  クラルテは、スズシロ傘下なだけあり、どちらかと言えば、クリーンな方だ。  愁実の父親が借金をしているのは、クラルテよりも卑劣な会社で、既に追い込みが始まっていた。 「最悪、…だ」  連絡を寄越した瞬の第一声に、眉根を寄せる。 「どうした?」  出来るだけ深刻にならぬように、軽めに問うたオレの声に、瞬の溜め息が重なる。 「郭遥さまが当主の前で、堂々と愁実は恋人だって宣言したんだ」  考えられる中で、(もっと)もな悪手だ。  生産性のない関係を嫌う郭司。  損得勘定の無い人間関係に信頼などあり得ないと本気で思っている節がある。  妻との間にすら〝愛情〞などというものは存在しないだろうし、子供の郭遥に対しても、同じだろう。  同性同士など、郭司の頭で理解できるわけなど無い。 「愁実を追い払えって、無言で圧力かけられた……」  思った通りだ。  同性への想いを訴える息子の郭遥に、郭司は相手を遠退けるという判断を下した。  そんな感情はあり得ないと、切り捨てた。  だが、郭司がオレの親父に頼まないのは、どういう腹積もりなのか。  郭司は、オレより親父との方が繋がりが深い。  オレなど、まだまだ若僧扱いだ。  少なからず、子供である郭遥を思う気持ちがあると考えるべきなのか。  いや、たぶん単に比留間に借りを作りたくないというだけ、…だろうな。 「金で手を引いてもらえなかったら、そっちの力、借りるかも……」  愁実が引いてくれないのであれば、比留間の力で消してしまうしか無いと理解はしているが、そこまでしたくないというのが瞬の本音なのだろう。  比留間が出張れば、郭遥の耳にも入る。  未来のスズシロを背負って立つ郭遥と、その側近となるであろう瞬。  郭遥は、愁実の存在を郭司へと口添えした瞬のコトを良くは思っていないだろう。  既に忌避されているであろうに、更に関係を悪化させるようなコトはしたくないと考えて当然だ。 「一応、心づもりはしておく」  そうならなければ良いと思いながらも、心の片隅には留めておくと、返事をした。  自分の父親の考えくらいわかりそうなものなのに。上手く隠せばいいものを。  あまりにも拙い郭遥の動きに、先が思いやられた。  若気の至りといえばそれまでだが、素直すぎるのも考えものだと溜め息が零れた。

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