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第72話 干からびる前に
高校を卒業した郭遥は、大学の進学と同時に、医療業界の重鎮である神楽家の娘、澪蘭 と結婚した。
数ヶ月後には、子供も授かったと瞬からの報告を受けていた。
郭司の敷いたレールの上に戻ったと見て間違いなさそうだと、肩の荷を下ろす。
「鸞ちゃ~ん!」
名を叫びながら屋敷を訪れたタマは、部屋に入ってくるなり、畳の上で寝転がりテレビを見ているオレに、ぎゅうっと抱きついてくる。
「はぁあ。久しぶりだ……」
「久し振りって1日も空いてねぇだろ」
ぐりぐりと胸許に押しつけられているタマの頭を、片手間で撫でながら呆れ混じりの声を放つオレ。
「24時間は空いてるしっ。毎日、鸞ちゃんに会って、補給しないと僕、干からびるっ」
ふんすっと鼻息荒く言い放つタマに、ふっと笑いが零れる。
「1ヶ月くらい離れて、干からびるか試してみるか?」
問い掛けに、むっとした空気を放ったタマは、オレを仰向けに転がした。
腹の上に座り込んだタマの不機嫌極まりない瞳が、オレを見下ろす。
「そんなコトするなら、干からびる前に、適当なの捕まえて、浮気してやるっ」
ぷいっと顔を背けたタマは、惜しいでしょ? とでも言うかのように、ちらりと視線を投げてくる。
「いい度胸してんな?」
目の前で浮気発言をするタマも。
オレのものに手を出せる相手も。
「度胸もなにも、鸞ちゃんが僕を放置するって言うからでしょっ」
腹の上に馬乗りになったまま、ぽかぽかとオレの胸を叩くタマの両手を捕まえる。
「ゎっ………」
ぐっと引き寄せてやれば、タマの上体は、オレの胸許に倒れてくる。
「1ヶ月も放っておくワケねぇだろ。ばーか」
オレの胸から顔を上げようとしているタマの額に、唇を落としてやる。
もぞっとオレの身体を這い上がってきたタマは、額では物足りないと、唇を重ねてくる。
ちゅっと可愛らしいキスを落としたタマは、離れた唇で言葉を紡ぐ。
「僕も黙って放っておかれるつもりなんて、ないよ。居なくなっても、意地でも見つけるし」
んふふっと得意気に笑ったタマは、嬉しそうに、胸許に擦り寄ってくる。
愁実を探し出せない郭遥は、その想いに蓋をし、無理矢理に瞳を逸らせた。
跡継ぎも出来た今、なにかの拍子だとしても、愁実と再会してしまえば、想いが再燃しないとは限らない。
愁実が消えたからと、安堵するのは時期尚早か……。
「〝愁実 任〞ってヤツ、知らねぇ?」
タマの情報網なら、どこかに引っ掛かっているのではないかと、問うていた。
「シュウジツって名前は、聞いたコトはあるけど?」
色々摘まんでるみたいだから貸さない方が無難だよ、とタマは渋い顔で言葉を繋いだ。
クラルテの話をしているつもりのタマに、オレは首を振るう。
「たぶん、そいつの息子だな」
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