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第81話 興味本位
すっとメニューを差し出しながら、首を捻った三崎に〝ハイボールを〞と告げた。
「無慈悲に追い払うつもりはありませんよ」
私も懲りてるんで……と言葉を足した俺に、三崎の瞳は若干の驚きを浮かべる。
どうせ、俺は血の通わないブリキのロボットだとでも、小耳に挟んでいるのだろう。
「俺は、レディっていう資産家の知り合いがいる普通のバーテンだよ。郭遥とは、友人……ってコトにしておこうかな」
ふふっと小さく笑う三崎に、瞳を光らせた。
「比留間の眼を甘く見ない方がよろしいか、と」
俺を煙に巻こうとする三崎に、冷ややかな笑みで応戦する。
あははっと、さも楽しげな三崎の声が店内に響いた。
「そうだね。…でも、俺の裏の顔を知っているっていうコトは、その人もそっち側の人間って話でしょ?」
首を傾げながら、三崎はハイボールが注がれたグラスを出してくる。
確かに、三崎の言う通りだ。
三崎は〝事件屋〞という裏の顔を、綺麗に隠している。
正面から見る分には、資産家に気に入られた若きバーのオーナー程度のものだ。
疑問符に声を返さない俺に、三崎が閃いた顔をする。
「あぁ。君はスズシロの秘書さんだったっけ。なら、仕事のコトじゃなくて、郭遥との関係のコトか」
間違えちゃったな、と三崎は照れ臭そうに笑った。
ふっと空気を一新するように息を吐いた三崎は、言葉を繋ぐ。
「俺たちの関係は、不純なものだよ。そこに愛とか恋とか…、キラキラしたものはない。執着も後腐れもなく、欲望を発散するだけの関係なんだ」
愛人……は烏滸がましいな、と三崎は郭遥との関係につける名に、頭を悩ませる。
関係性に必ずしも名をつけなければいけない訳でもない。
それよりも。
「なぜ、郭遥さまに……?」
性欲の発散に、三崎が不自由を感じているとは思えなかった。
あえて面倒臭そうなスズシロの御曹司である郭遥と関わるのは、どういった了見なのか。
柵が多く、比留間とも繋がっている郭遥。
〝事件屋〞としても動きにくくなるだろうし、面倒事が増えるだけなのではないだろうか。
考えを巡らせながら、出されたハイボールに手を伸ばす。
「好奇心を擽られたから。郭遥が、あの檻から解放された時にどんな顔をするのかなって……」
ふふっと、さも楽しそうな音を立てた三崎は言葉を繋ぐ。
「でも郭遥は、スズシロから逃げ出そうとか、壊してやろうとは思ってないみたいだね」
守るのが当たり前だって言ってたよ、と少しつまらなさそうに呟いた。
「彼が幸せに暮らしていたら、それでいいんだって。金蔓扱いされたのに、恨んだり憎んだりしてないみたい。…引き金を引いた君のコトも、そこまで憎んでないんじゃないかな」
郭遥の愛って深いよね、と感嘆の息を漏らす。
残念がったり脱帽してみたりと、感情は揺れているのに三崎の顔は、柔らかな笑顔のままだった。
飄々として掴み所のない人間だと感じた。
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