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第83話 俺は自由でいたい

「貴方の存在を私は知らなかったコトにします」  並べられたチョコレートを一掴みにし、小皿の上へと戻した。  裏の仕事も。郭遥との只ならぬ関係も。  勝手に郭遥を守ってくれるのなら、こちらとしては益虫でしかない。  害する存在でないのなら、放っておく方が有益だ。  ふふっと笑った三崎は、思い立ったように言葉を紡ぐ。 「郭遥に、欲しいのは金か後ろ楯かって聞かれたんだよね」  人間関係ですら損得勘定の上で成り立つ当主に育てられた郭遥らしい問いだと思った。 「両方、要らないって答えたんだけど。だってさ、俺にはスズシロの真っ白な後ろ楯なんて役に立たないし、金もそれなりに持ってるしね」  俺みたいなヤツとの関係にまで見返りが必要だと思うなんて難儀な性格だよね、と三崎は呆れ混じりの声を零す。 「比留間(こちら)なら白くないですよ?」  黒い後ろ楯なら欲しいのかと、カウンターに腕を乗せ、スーツの上から鸞鳥を撫でて見せた。  俺の動きに、三崎の顔に嫌気が差す。 「そっちの後ろ楯も要らないよ」  ふるふると頭を振るった三崎は、疲れを露に言葉を繋ぐ。 「虎の威を借りたところで、それは俺の力じゃないし、その虎に(へつら)わなきゃいけないのは、もっと面倒なんだよ」  俺は自由でいたいんでね、と三崎は顔に笑みを戻した。 「人の愛し方もわからない…、愛情が乏しいのは認めるけど、俺は見返りがないなら動かないなんていう打算的な人間じゃ無いよ」  心外だと言わんばかりの色に染まった三崎の瞳が、見縊(みくび)らないでほしいな、と俺を見やる。 「郭遥に近づいたのは純粋な好奇心だけど、関わったからには、無下に見捨てるつもりもないよ。小さな厄介の事くらいなら、俺一人で充分だし」  背後をちらつかせ事を構える方が、手間だし、(わずら)わしいと、振り切られる。 「そこまで、言うのなら。お互い干渉しない方向で……。裏切りは別ですよ?」  当たり前だというように、三崎は笑みを深くした。  三崎は、愛し方もわからず、愛情も乏しいと自分で言ってしまえるくらいに、人を恋しく思ったコトが無かったのだろう。  だが。  〝打算のない純粋な好奇心〞こそが、三崎の恋情なのではないかと感じた。  三崎は、無自覚に郭遥を愛しているような気がした。  それが愛でなくとも、なにかしらの情を抱いた相手に、無体は働かないだろう。  郭遥のコトは、三崎に任せても問題ないと結論を下した。

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