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第86話 軋む関係

「お前、さ。三崎に入れあげてるらしいな?」 「相変わらず。比留間は、なんでもお見通しなんだな」  連絡を入れたオレに、電話の向こうの郭遥は面倒臭げな声を返してくる。  一回りほど歳の離れたオレたちだが、それなりの面識はあった。  当主である郭司と比留間の頭であるオレの親父の仲は言わずもがなで、オレたちは自然とタッグを組まされていた。 「手を切れとでも言いたいのか?」  郭遥が喧嘩腰なのは、愁実の一件があってからだ。  もともとそれほど懇意でもないオレたちの関係は、あからさまな不協和音ではないにしろ、調和の取れたものでもない。  返答を紡がないオレに、郭遥が言葉を足す。 「三崎とお前らなら、仕事、被らないだろ? 三崎に頼んでいるような二束三文の仕事でも奪われたくないのか?」  そんなに小さな器でもあるまいと言わんばかりの郭遥の物言いに、いや…と否定の声を上げる。 「別にその辺は構わねぇよ。…まぁ、ぶつかることがあれば、遠慮なく潰すけど。三崎はそんなバカじゃねぇだろ」  オレの言葉に郭遥は、そうだな、と三崎を認める声を放つ。  じゃあなんだ? と言いだげな雰囲気に、オレは言葉を繋ぐ。 「オレからチクるつもりはねぇけど、お前の親父にバレたら、愁実の二の前だぞ?」  暗に〝消されるぞ〞と伝えるオレに郭遥の纏う空気が変わった。  触れただけでも焼け爛れてしまいそうなマグマのような熱気が、オレを炙った。 「……その名を出すな」  ぎりっと噛み締められる奥歯の軋む音が、鼓膜を揺らす。  郭遥の心は、未だに愁実に捕らわれたままなのだと、痛感した。  ふっと小さく息を吐いた郭遥は、昂る感情を殺すように静かに言葉を繋ぐ。 「俺は三崎を好きな訳じゃない。消えたら消えたで、別の相手を見つけるだけだ」  三崎への想いや情などないのだから、執着もないと言い放った。  引き剥がされたらそれまでだと、簡単に捨て置ける、と。  オレの知っている郭遥は、そこまでドライな人間ではない。  三崎を想う感情などないと宣ってはいるが、何度となく身体を重ねた相手だ。  少なからず、気には止めているはずだ。  紡がれた言葉は、郭遥なりの〝強がり〞なのだろう。  だが、そんな小さなプライドをあえて踏み(にじ)り、関係を悪化させる必要もない。 「それならいい。…でも、気取られないに越したコトは、ないからな」  バレたらまた、こちらが動く羽目になると含みを持たせるオレに、あしらうような郭遥の声が返った。 「わかっている」

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