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第90話 僕は卑怯で臆病で
家に帰り着き、手にしている鍵を下駄箱の上に放り置く。
僕の家は、生活感のないワンルーム。
小さな冷蔵庫とシングルサイズのスプリングマットと小さなテーブルくらいしか家具はない。
洗濯は、近所のコインランドリーで済ませていた。
タンスも無くて、1畳もないクローゼットに数枚の服が掛かっていて、下着類は隅に置いてあるダンボールの中。
言い表すのなら、ビジネスホテルの一室というのがしっくりくるくらいの部屋だ。
あまり柔らかくはないスプリングマットに身体を沈める。
ここには、礼鸞の残り香も痕跡もない。
礼鸞は一度足りとも、この場所に来たコトがないんだから、当たり前だ。
女の所には足繁く通っていたのに、未だかつて、僕の家を訪れたコトは無かった。
逆転サヨナラホームランを打ち上げ、やっと実ったと思ったけど、感情をぶつけられたのは告白してくれたあの時だけだった。
礼鸞の僕への態度は、相変わらずの雑さだ。
触れるのも、抱き締めるのも、仕掛けるのも、いつも僕。
僕が比留間の家を訪ねなければ、逢うコトも儘ならない。
放っておいたら、礼鸞は僕のコトなんて忘れてしまうんじゃないかって思うくらいだ。
それなら、礼鸞の家に住んでしまえばいい。
礼鸞だって、離れに住めばいいって言ってくれるんだから。
比留間の傘下に入れば、恩恵は数え切れない。
身の安全は保証されるだろうし、脅しも迫力を増す。
だけど、強迫によって入手した情報にどれだけの信頼性があるか、甚だ疑わしい。
それに、僕が礼鸞の大事な存在だと知れれば、利用する輩が現れないとも限らない。
僕は、礼鸞の〝弱点〞にはなりたくない。
それに。
ずっと一緒にいて、飽きられるのも怖くて……。
卑怯で。臆病で。
僕に良い所なんて、ひとつもない。
こんな僕じゃ、飽きられて捨てられたって、文句のひとつも言えやしない。
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