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第91話 底の見えない笑顔

 あれから直ぐに、比留間がメディアの世界へと手を広げた。  それでも、綺美メディアを潰すのには、2年の月日を要した。  綺美メディアと繋がる金融屋が潰れた直後、レディに呼ばれた僕は、三崎が経営を任されているキャバクラを訪れる。  普段は、バックヤードにいて顔を出さない三崎だが、僕が店に着いた時には、レディの隣でグラスにシャンパンを注いでいた。  僕の姿を瞳の端に捉えた三崎は、いつものように綺麗な笑みを顔に浮かべる。 「いらっしゃい」  すっと腰を上げた三崎は、スマートにレディに手を差し伸べる。  レディをエスコートする三崎の後ろを歩き、店の奥にあるVIPルームへと足を踏み入れる。  レディをソファーへと促した三崎は、ゆるりと頭を下げ、部屋を後にした。  VIPルームのテーブルには、先程目にしたものと同じシャンパンが準備されていた。  ソファーに座るレディとは対角のスツールに腰を下ろした僕は、シャンパンクーラーから瓶を引き上げ、綺麗に磨かれたグラスへと注ぐ。 「タマちゃんも飲むでしょ?」  並んでいるグラスを同じようにシャンパンで満たし、ひとつを手に取る。 「ありがとう」  グラスを軽やかに掲げてくるレディに、首を傾げた。 「潰してくれたでしょ。タマちゃんが比留間を動かしてくれたのよね?」  ふふっと小さく笑ったレディは、比留間の若頭を手玉に取るなんて、最強の小悪魔ちゃんよね…と、楽しげに言葉を紡いだ。  操ってるつもりなど、ない。  だけど、(はた)から見ると、 僕が礼鸞を掌の上で弄んでいるように見えるらしい。  しゅわしゅわと気泡を弾けさせるシャンパンに唇をつける。 「んふふ。なにか欲しいものない? 何でも用意してあげる。お金でも土地でも、……男でも」  言葉にちらりと向けた僕の瞳には、満足げなレディの笑顔が映った。 「男?」  比留間の若頭を手玉に取っている…、そういう仲なのだとわかっているなら〝男〞なんて単語は出てこないだろうと、思わず鸚鵡返しにしていた。 「そ。タマちゃんが喜びそうなイケメンとデートとか……?」  こてんと首を傾げてくるレディ。  その姿は無邪気な女の子だが、その言葉が意図するものに、僕の腹底がぞわりと毛羽立った。 「デート……?」 「そう、デート。ちゃんと教育してるから、きちんとエスコートして、優しく甘やかしてくれるわよ?」  んふふっと得意気に笑むレディに、座りが悪くなる。 「でも、貸すだけね。あたしのお気に入りだから、さすがにあげられないの」  お前を取り巻く人間は、物じゃねぇんだよ。  貸すとか、あげるとか、…なんだと思ってんだよ。  困ったように眉尻を下げるレディに、腹の中で悪態を吐く。 「男は要らないよ。金も、土地も。…僕は今まで通り、情報を貰えればそれで良いよ」  にっこりと型に嵌まった笑顔を作った。  僕の作り笑顔にレディは、すっと手を引く。 「無欲ね。まぁ、なにか面白い話を手に入れたら、真っ先にタマちゃんに教えるわね」  気泡の揺らぐシャンパングラスをくるりと回したレディは、優雅に唇を濡らす。  レディは、自分を取り巻く人間を物としか思っていない。  自分を守るための騎士たちは、レディに惹かれたのではなく、金に平伏す亡者でしかないと理解していた。  だからこそ、亡者たちへの褒美は惜しまない。 「よろしく、ね」  レディに倣うように、シャンパングラスを回し、口をつける。  グラスを傾けながら、お互いに底の見えない瞳で笑い合った。

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