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第92話 歪な関係と確かなコト
自動販売機の前で、ポケットから掴み出した小銭を広げる。
掌の上で転がる小銭に、レディの呟きが脳裏に蘇った。
『若頭を手玉に取るなんて……』
レディが貸すと言った男は、その掌の上で、踊らされている。
僕も同じコト、してるのかもな……。
僕は礼鸞を、掌の上で踊らせている。
自分の利益のために、好意を逆手に取り、意のままに操っている。
そんなつもりはないけれど、礼鸞の愛を確かめたいからとやっている僕の行いは、レディのそれと同じ気がした。
……こんな関係、歪んでる。
好きな人の傍にいたいだけなのに。
傍に居ればいるほどに、自分が嫌なヤツになっていく気がした。
自販機で買ったミネラルウォーター片手に、礼鸞を訪ねる。
離れへと向かう僕の視界の端を真っ黒なセダンが通り過ぎ、目の前で止まった。
運転席から降りてきたのは、礼鸞の子、礼鴉の世話係をしている園田だった。
すっと車の背後を回った園田は、恭しく後方の扉を開く。
後部座席から降りてきたのは思った通りの人物、学生服に身を包んだ礼鴉だった。
礼鴉のダークブラウンの靭やか髪が風に吹かれて揺らいでいた。
それほどの強面ではないが、纏う空気は血が通っていないかのような冷たさで、初めてあった頃の礼鸞の雰囲気によく似ている。
「こんにちは」
愛想程度の笑みを乗せた顔で声をかけられ、僕も軽く手を上げる。
「……おっきくなったね?」
近づいてきた礼鴉は、僕と同じくらいの身長になっていた。
「中学生、ですから」
中学生というコトは、これからまだ伸びるのだろう。
190センチを越える礼鸞の子なのだから、大きくなって当たり前か。
「なにか、掴んだんですか?」
どうでもいいコトに意識を向けていた僕の耳に、礼鸞に良く似たバリトンボイスの声が響く。
礼鴉は僕を見つけると、必ずこうして声をかけてきた。
自分の父親と懇意にしている情報屋なのだがら、顔を売っておけとでも、言われているのかもしれない。
僕のコトを礼鸞のお抱えの情報屋だと思っている礼鴉。
昔からの知り合いであるコトは知っていても、僕と礼鸞のただならぬ関係には、たぶん気づいていない。
「いや。お礼…、ありがとうって言いに来ただけだよ」
月日が流れる度に、礼鸞に似ていく礼鴉。
それは、礼鸞が女を抱いた証拠だ。
礼鸞は、女性を抱ける。
それは、普通の恋愛が出来るという紛れもない事実を、僕に再認識させた。
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