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第96話 オレの幸せは、オレが決める

 オレが会いに行かないから、拗ねて別れ話を持ち出した、と?  だが、オレから動かないコトなど、昔からだ。  そんなのは、ここ最近、始まったコトじゃない。 「オレがお前の家に行かないのなんて、前々からだろ。なんで急に、別れるって話になるんだよ?」  詰めるオレに、むすっと膨れた顔のままタマは心の中身を吐露し始める。 「ずっと気になってたんだ。僕は鸞ちゃんのコト、いいように使ってるんじゃないかなって。…付き合う前なら、お礼だって身体を差し出せば良かったけど、恋人になった今はさ……返せるものがないんだ」  自分だけが、良い思いをしていて。  美味しいとこ取りしている自分が、醜い者に見えてくる。 「そんな時に、ちぃちゃんに小悪魔だって言われて、鸞ちゃんのコト、掌の上で転がしてるって思われてて……それって、ちぃちゃんが取り巻き君たちを物みたいに扱ってるのと同じなんじゃないかって。…ちぃちゃんは、お金とか物とか? 渡せるものあるけど。なんも返せない僕の方が質が悪い気がして……」  脳内を占める醜い自分の虚像に押し潰されるように、タマの顔が俯いていった。 「お前はオレを物だと思ってんの?」  問うたオレの言葉に、がはりと上がったタマの顔は、今にも泣き出しそうなほどに歪んでいた。 「違っ、…思ってないよっ」  首を振るうタマに、オレは偏見に塗れた見解を鼻で笑い飛ばす。 「オレを人間として見てるんなら、レディとは違うだろ。そもそも、見返りなんて求めてねぇ……」  求めてないと紡いでおきながら、腕の中にタマを囲い、逃がすまいと力を込めている矛盾に気がつく。 「あー、求めてんのか。お前がオレの傍に居んのが、見返りだわ」  ははっと快活な笑い声を立てるオレに、突っ張っていたタマの腕から力か抜け、反対にシャツがぎゅうっと握られた。 「お前を逃がしたくねぇから、離れていかないようにって、お前の願い叶えてんだよ」  縋るような瞳で見詰めてくるタマ。  オレは、その額に唇を落とす。 「お前は、狡くも醜くもない。てか、オレの大事なもん貶してんじゃねぇよ」  顔を離し、ぱちんっと額を指先で弾いてやった。  弾かれた衝撃に、タマの瞳がぱちりと瞬かれた。  肩の力を抜くようにオレの胸許に身体を預けてきたタマは、ぐりぐりと頭を押しつけながら首を橫に振るう。 「行かない。離れない……」  その後頭部をぽんぽんと叩く。 「お前、考えすぎ。オレは、…伝えなさすぎ、だな」  反省の言葉を紡ぐオレに、はあっとタマの溜め息が重なる。 「さっきさ、礼鴉に会ったんだ。年々、似てきてるよね」 「そうか?」  自分では、そこまで似ているとは思っていなかった。 「見た目はそんなに似てないんだけど、空気っていうか…雰囲気は、似てる。間違いなく礼鸞の子だなって思ったんだ……」  オレの背に回されたタマの手が、またシャツをぎゅっと掴んでくる。 「それってさ、礼鸞は普通に、…女性と一緒になった方が幸せなんだろうなって。礼鸞は、普通になれるんだって思い知らされた気がして……」  オレを手放すべきなのだと思う良心と。  傍に居てほしいという我儘と。  揺れるタマの心を捕り逃がしてしまわないように、オレは言葉を重ねた。 「オレは、お前が良いんだよ。女と一緒になっても、幸せになんてなんねぇよ。お前が居ないと、幸せじゃねぇの」  胸許に埋まるタマの頭を両手で、がしっと掴んだ。  凝り固まっているその頭を揉んで柔らかくしてやろうと、わしゃわしゃと混ぜくってやった。

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