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第99話 どうしたら返せるのか < Side 瞬

 もう、無理だった。  郭遥と愁実を引き裂いたのは、俺の安易な行いのせいで。  そんな俺ですら許せてしまう郭遥の恩情に、抑えきれない罪悪の感情が、…心が悲鳴をあげた。  郭遥は、優しすぎる。  愁実の本心と2人目の子供、遥征の出生…、ずっと裏切り続けていた俺を許してしまえるほどには。  三崎の言っていた愛が深いっていう意味がわかった気がした。  そんな郭遥を俺は2度と裏切らないと誓うくらいしか、贖罪を示せなかった。 「愁実を見つけ出して、連れ戻すって言ったんだけど、必要ないって断られたんだ。それでも、俺は、見つけて連れ戻すべきなのか……正直、迷ってる」  見つかったとしても、戻らなかったら。  戻ってきてくれたとして、あの頃に戻れるはずもなく。  俺はまた、郭遥を傷つけてしまうだけなのではないかと、二の足を踏む。 「捜すなら、力は貸すぞ?」  窺う礼鸞の声色に、俺は首を振るった。 「その時は、お願いするよ」  力なく告げる俺の言葉に、礼鸞は、あぁと小さく声を返した。  郭遥に詰められた数日後。  郭遥が見慣れぬ図面を眺めていた。  スズシロが絡んでいる物件ならば、俺の記憶にないのはおかしいと、関係性を問うた。  スズシロ絡みではなく友人から押しつけられたと言われたそれは、築は古いがなかなかのものだった。  〝友人〞と表された相手は、三崎だろうと推測されたが、あえて聞く必要もないだろうと話を流す。  立地や規模から、冗談めかしに地下でなら秘密倶楽部を始められそうだと口走った俺に、郭遥が乗ってきた。  〝完全会員制のゲイ風俗〞と呟かれた郭遥の言葉に、タマとミケが働いていた娼館を思い出していた。  タマが抜けた後、数年もしないうちに店じまいとなったが、それなりの客足はあった。  需要はあるだろうと、本気にはしていなかった郭遥の背を押した。  父親である当主にバレるコトを必要以上に恐れる郭遥は、慎重に事を運ぶ。  スズシロと濃密な関係を持つ比留間の力すら使うコトを嫌がった。  礼鸞を頼れない俺の伝は、一択だった。  スズシロ系列のホテルのラウンジに併設されたカフェで優雅にコーヒーを啜りながら、手元の本の頁を捲る。 「スズシロにも、比留間にも内密に事を進めたくて」  小さく発した俺の言葉に、背中合わせで座っているタマは、何の反応も示さない。 「どちらにも接点がなくて、分を弁えている建設業者を探しているんだ」  俺が頼れる相手は、タマだけだった。  タマを呼び出すには、彼が根城にしているバーで、帰り際に〝猫のご飯の時間だから…〞と呟くだけでよかった。  それが合言葉になっており、翌週の月曜日、朝の7時にここで会える手筈になっていた。  礼鸞に内密でタマを頼るのも如何なものかと思ったが、郭遥の意思を尊重するのなら致し方ないと、目を瞑る。  比留間の傘下ではないにしても、表舞台で大手を振って歩ける身ではないタマと公の場で大っぴらに交流するわけにもいかず、まるで密会のような形式で落ち合った。

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