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第103話 不遜な大人

 愁実の映像があるのは、当たり前だった。  父親が逃げた後、愁実の身柄を得たのは綺美メディアだ。  愁実ほどの綺麗な人間を、遊ばせておく訳がない。  愁実の存在を初めて耳にしたとき、礼鸞は郭司が2人を引き離したと話したが、それはシュンが報告をした結果だろうと簡単に推測できた。  2人が引き離された原因は、シュンの注進に他ならない。  シュンはそんな自分の行いを、悔いていた。  愁実の人となりを確認する前に、簡単な素行調査の結果をそのまま郭司に報告したコトを、今でも悔いている。  流れる映像を止め、パッケージへと戻したテープを、持ち帰るためにまとめている塊に加えた。  綺美メディアを潰すために、シュンの名前を利用したコトが、これでチャラになるとは思えないが、少しくらいは罪滅ぼしになるだろうと、キャスト候補のテープの中に、愁実の映像を紛れ込ませた。  一度は、恋しいと思った相手だ。  郭遥の目に止まれば、もうどうとも思っていなくとも、手を差し伸べてくれるかもしれない。  愁実が不遇な環境から抜け出せれば、シュンが感じている負い目も軽くなるかもしれないと、期待を乗せた。  次のテープを機器にセットし、ヘッドフォンを着け、視聴を再開する。  ふと、背後に人の気配を感じた。  真後ろに座り込んだ男の腕が、僕の腰を抱く。  振り返るより先に、右耳に当てられていたヘッドフォンが離された。 「お手伝いしましょうか?」  一瞬、礼鸞かと聞き間違えそうになったが、喋り方や僕に触れる感触に、抱き締めてきたのが、礼鴉だと気づく。  20歳になった礼鴉は、中学生の頃のあどけなさが消え、不遜な大人に育っていた。 「なにを手伝うんだよ?」  ヘッドフォンを外しながら、背後の胸に頭を預け、見上げてやる。 「性欲処理?」 「オジサンを揶揄うな」  少し持ち上げた頭で、礼鴉の胸をトンっと叩いてやる。 「揶揄ってないですよ」  くすくすと笑いながら、僕の股間に手を伸ばしてくる礼鴉の手を掴み、やんわりと遠退けた。 「鸞ちゃんにチクるよ?」  僕が口にした礼鸞の名に、礼鴉の肩がぴくりと揺らぎ、抱き締めていた腕が逃げていく。 「……まだ死にたくはない、かな」  ははっと乾いた笑いを零した礼鴉は、降参を表すように、両手を上げる。

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